著名人に聞く|野球解説者・野球評論家 工藤 公康氏

考える力を養ってあげることで子どもたちの土台がしっかりする

sメイン選手としての実働29年間という、野球界歴代1位の記録を打ち立てた工藤公康氏。その密度も濃く、最優秀防御率4回、最高勝率3回など数々のタイトルを奪取してきた。そんな工藤氏が、長く現役を続けてこられたのはなぜだったのか。野球にまつわる「学び」や「教え」などと交え、たずねてみた。

成果を残すには「自らやる」という気持ちが大切

2011年に現役を退くまで、私は29年間、野球選手として戦ってきました。47歳という年齢まで現役を続けられた最大の要因は「学びたい」「上達したい」という気持ちが強かったからだと思います。たとえばピッチャーは「突っ込むな」とか「後ろに残せ」とか「肩を開くな」というように教わるのですが、かなり抽象的ですよね。どこまでが突っ込むことになって、どこまでが残していることになるのか。昔は安易に「答え」を教えるようなことはしなかったので、結局は自分で研究していくしかないんです。だから「学びたい」という欲求が強くなり、それが選手生活を長く続ける原動力になったのだと思います。
それでも球界へ入った当初は、正直言って2、3年で辞めるんだろうなぁなんて思っていました(笑)。球のスピード、足の速さ、肩の強さ、どれをとってもプロ野球のレベルは全然違っていたのです。しかし、大きな転機となったのが、入団3年目で経験したアメリカの野球留学(マイナーリーグ1A)。向こうの若手選手の環境は、日本に比べると劣悪だったのです。給料は1日15ドルしかもらえず、食べるのは毎日ハンバーガーやホットドッグばかり。グローブに塗るクリームも買えませんでしたし、同じ部屋に6人ぐらいが雑魚寝して生活していました。日本なら、ちゃんと個室があって、室内練習場もあって、給料も1年間は安心してプレーできるだけもらえる。入団当初はこんな厳しい環境でと思っていましたが、アメリカのメジャーの実情を見て気合いが入りましたね。
アメリカではもう一つ気づきがありました。それは、「やらされている」と思いながらする練習がとてもマズイということ。勉強でも仕事でもそうだと思いますが、「やらされている」と「自分からやる」では、成果に雲泥の差が生まれますよね。「せっかくだから、アメリカのパワーを身につけよう!」と気持ちを切り替えて練習するようにしたら、3年目のオフの間で球が10㎞も速くなりました。プロとはいえ、20歳そこそこの青年。少し甘い考えを持っていましたが、アメリカでの体験が大きく私を変えてくれました。この留学がなかったら、29年も選手生活は続いていなかったでしょうね。苦しみをチャンスに変えられるかどうか。ちょっとしたきっかけで、人は変われるのだと思います。

考えることで根が広がり、教えることで理解が深まる

自分でよりよい投げ方を会得するに当たっては、雑誌に載っている投球フォームの分解写真を見て研究したり、コーチの「突っ込みすぎだ」といったヒントを元に「なぜ、なぜ、なぜ」と自問自答を繰り返したりしました。教えてもらっているだけで大きな成長はないと思いますが、ヒントを元に考え抜くことで、根が広がっていくのだと思います。それから、バイオメカニクスと呼ばれる生体力学や動作解析など、科学的なアプローチもするようになっていきました。
若い時は簡単に上達したいと考えがちですが、物事というのはとても複雑です。1つのことでダメなら、自分が得てきた知識や技術を足したり引いたりしてみる。そうして研究を重ねていくと、コーチの言う「突っ込むな」といった意味が段々と分かるようになっていったんです。自分が理解できれば、今度は人に説明できるようになります。人に説明すると、今度はさらに自分自身の理解が深まるようになる。理解できたことはもったいぶらずに教えることで、自分のためにもあるんだなぁと気づきました。sサブ3
このように野球に対して貪欲になったのは、小学生の頃から。実は、私は野球というものがあまり好きではなく、どちらかというと嫌いなものを、親から無理矢理やらされていたのです(笑)。だったら早く上手になって、余った時間で遊びたいと考えるようになった。少し動機は不純かもしれませんが、もっと上達したいという気持ちはその頃から持っていましたね。また、身体が人よりも小さかったのも、奏功したのだと思います。というのも身体が小さいと、人と同じことをやっていては勝ち続けることはできません。だから、自分の力になりそうなことは、なんでもチャレンジしてきました。「体幹」を鍛えるトレーニングはいまでこそメジャーですが、私は20年以上も前から取り入れています。チャレンジしたトレーニングにはできなかったこと、分からなかったこともありましたが、それは一旦引き出しに入れて、捨ててしまわないことも重要ですね。あとで足したり引いたりするときにその引き出しを開けてみると、思わぬ発見があったりしますから。

優秀な指導者ほど教わる者の立場で教えてくれる

現役を引退してからはさまざまな活動をしていますが、その一つに野球教室があります。子どもに野球を教えているのですが、ちょっとしたコツを教えてあげると、本人も驚くほどいい球が投げられるようになる。子どもの顔つきが変わるのを見ると、教えるのって楽しいなぁとつくづく感じますね。きっと、塾の先生たちもそれがうれしくて仕方がないのだと思います。
コツを教え、いい投げ方を体験させると同時に大切にしているのが、ヒントを与えるということです。「こういう場合はどうするの?」と聞いてあげると、子どもは子どもなりに考えようとします。私が長年苦労して見つけてきたことをすぐに体験させてあげることは、「もっと知りたい」という子どものモチベーションを高めるのにとても役立ちます。しかしこれから長く野球をしていくなかで、私がずっと側にいて指導することはできません。そのため、子どもたちに考えさせるということも同じように重要なのです。自分で考えて工夫した結果うまく投げられたときには、その感覚をいつまでも忘れないでしょう。だから昔の人は安易に「答え」を教えるのではなく、考えさせようとしたのだと思います。私はその間を取って、早く「答え」を教えることで子どものモチベーションを上げつつ、じっくりと考えさせることで根を広げさせていく。それがいいのではないかと考えます。
また、私はいろいろなコーチや監督に教わってきましたが、すごいなと思う人ほど教わる者の立場になって教えてくれるんです。教えることは本当に難しいことだと思いますが、塾の先生たちも上から知識を与えるというスタンスではなく、教わる子どもの立場になって指導されるといいのではないでしょうか。

お世話になったプロ野球界に恩返しがしたい

私がもう一つ行おうと思っている活動が、筑波大学大学院で肘に関する勉強をすること。来年から通うのですが、一般的には「野球肘」といわれるものについて学ぶつもりです。その研究では子どもたちのフォームを改善しながら、同時にアンケートを採っていろいろなデータを集めることにしています。いままでフォームの改善時にデータを取る研究をした人はいませんでしたので、これは新たな試み。その研究結果を野球の指導に活かせば、子どもたちだけでなく、野球界にも大きな説得力を持つようになると思います。
私が大学院に通って肘について学びたいと思ったのは、子どもたちを守るためでもあるんです。子どものなかには投げ過ぎで肩や肘を壊し、野球を辞めていく子もいる。結果として、運よく故障しなかった子どものなかから、プロ野球選手が生まれている。でも、もし肩や肘を悪くしない子が増えれば、スター選手がもっともっと輩出するかもしれませんよね。イチローのような選手が毎年出てくれば、野球界はさらに盛り上がるでしょう。これだけ長く野球をやらせてもらってきましたので、自分なりに恩返しがしたいと思っています。sサブ2
そしてゆくゆくは、全国で「肩検診」や「肘検診」がおこなわれるようにしたいですね。伸び盛りの子どもたちをしっかり見守ることができれば、野球を辞めずにすむ子どもがきっと増えるでしょう。また、野球がそうした取り組みをし出したとなれば、テニスやバレーなど、ほかのスポーツにも波及するはずです。そうしてスポーツ界全体で子どもたちを守っていけたらいいですね。引退後はキャスターや解説者など、さまざまな活動をさせていただいていますが、こうした子どもたちのための活動も大切にしていきたいと思っています。分野は違いますが、子どもを教えるという点では塾の先生も同じ。お互いに、いい取り組みができればいいですね。

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