著名人に聞く|TOSS代表・TOSSランド主宰 向山 洋一 氏

日本の教育が抱える3つの大きな問題点。それを改善するために努力したい。

長年、小学校教諭として教鞭を執ってきた向山洋一氏は、その間、学校教育だけに留まらずさまざまな活動をおこなってきた。それを可能にしてきたのは子どもが好きだというひたむきな想いと、日本の教育を改革したいという熱い情熱だ。向山氏が考える日本の教育の問題点とは、そしてそれを改善する方法とは、を探った。

日本の教育が抱える問題点とは

メイン現在の日本の教育が抱える問題点は、大きく3つあると思っています。まず1つ目が、戦後の統治によってそれまでの師範学校制度が廃止され、教師を養成する手段を失っているということです。教師に必要なのは一般教養であり、専門性は不要だとした戦後の統治時代。それによって教師の専門性は除外されてしまいました。しかし私は、教師を育成するには師範学校のように、教師の専門性を育む必要があると思っています。

それから、現在の教育学部では「教え方」や「授業の仕方」を教えることはほとんどありません。医学部では教授が実際の手術をおこなってみせるのに対し、教育学部では教授が授業を実際にしてみせるということはほとんどないのです。私が調査したところによると、ある大学では授業の練習をするカリキュラムは国語で5%、算数で3%しかありませんでした。あまりにも授業を練習する場が少ない。したがって、教師を目指す学生たちは、自己流で指導法を身につけなければならないのです。
確かに教師の指導力を支援したりするための免許更新制度が、2009年より導入されました。しかし現状では大学に任せっきりになっており、機能しているとは言いがたい部分があります。講習を受けた教師は、文部科学省のレポートに「講習は役に立った」と書くようですが、私は果たして本当にそうなのかと思い、別口でアンケートをおこなってみました。すると「現行の免許更新制度は有益だと思いますか」という問いに対し、「有益だった」が1人、「どちらかといえば有益」が14人、「どちらかといえば有益じゃない」が53 人、「有益じゃない」が105人という結果が出ました。「10年前に自分が大学で受けていた授業と変わらない」というのが主たる批判内容で、教師たちは講習をパスするために仕方なく「役に立った」と答えていたのです。

13年2月6日、安倍内閣のもとで就任した下村博文 文部科学大臣より、教育再生と学力向上についての改革案を提案してほしいとの要請を受け、私はこのアンケート結果などを持って「実際はこうなっています」と報告。免許更新制度の講座は大学だけに任せるのではなく、民間団体のものも取り入れ、自由に競争させていく必要があると具申しました。今後は塾などにも、免許更新制度の講座を依頼するような動きになるはずだと思います。

考昔の家庭教育をもう一度取り戻すために

2つ目に現在の教育の問題点として私が考えているのが、伝統的家庭教育が失われているということです。明治時代に訪れた100名以上の外国人は、日本の家庭でおこなわれていた子育てにショックを受けたといいます。子どもを鞭で叩いて叱っていた当時の西洋とは違い、日本では「怒鳴らない、叱らない」やさしい育て方をしていたのです。当時の日本の家庭の子育てを、外国人たちは「子どもの楽園」と表現したほど。しかしそれが、戦後になって失われてしまいました。

s そこで私が必要だと思っているのが、「伝統的価値観に基づいた子育て」を取り戻すことです。つまり、親が教育について学ぶ「親学」というものを推進していくことが必要だと思っています。私は超党派の議員によって構成されている「親学推進議員連盟」の事務局として、その立ち上げに関与してきました。この連盟は安倍晋三内閣総理大臣をはじめ、みんなの党代表の渡辺喜美氏、自民党の町村信孝氏など、さまざまな議員の方が参加しています。門戸は広く開放しており、塾の方も参加されるようになってきました。今後は家庭教育支援法の制定など、さまざまな取り組みをおこないながら、明治時代のようなやさしい家庭教育を取り戻していきたいと考えています。

日本の教育が抱える問題点の3つ目が、日本の本当の姿カタチを教えなくなったという点です。歴史的背景から政府として遠慮する部分もあったと思いますが、今後は尖閣諸島や北方領土など、本来の日本の姿をきちんと教える必要があるでしょう。古事記、日本書紀をはじめ、日本の歴史もきちんと教える必要があります。そうして、日本に誇りを持てる子どもを育てることが重要だと思います。

教育の法則化に傾けた熱い情熱

s2先ほど申し上げた3つの問題点を改善すべく、私は「教育技術の法則化運動」を呼びかけました。そうして1984年に誕生したのが、日本の教育界のすぐれた教育技術や方法を教師の共有財産にしようとする、Teacher’s Organization of Skill Sharing(以下TOSS)です。TOSSには数万名を超える教師が参加しました。指導法には効果があるものもないものもたくさんあります。日々教師はそれぞれ努力をしているわけですから、実例を出し合いながら、教育技術の法則化を図っていこう。私たちが求めたのは、誠実な実践と熱意ある研究に基づいた法則でした。たとえいままでよりも1%の効果しかない指導法でもよい、という強い意志で数多くの教師から法則化論文を収集。寄せられた実践や論文を元に多くの教師が追試し、ほかの教師がさらにそれに工夫を加える。そうやって確かな指導法・技術を作り上げました。作り上げた指導法は『法則化シリーズ』として出版。何千冊ものシリーズ本を発刊し、それを上回る雑誌を世に送り出すことができています。また、法則化運動で得られた副産物として大きかったのが、教師たちが応募論文を書くことによって、授業の腕を飛躍的に向上させることができたということです。

教育技術の法則化運動は2001年12月、当初の規約通りその役目を果たして解散しましたが、当時はインターネットがさらに普及していこうという時代。運動の解散は決定していたものの、TOSSの運営は引き続きおこなうことを決め、00年からは教師に有益な情報を無料で届ける「TOSSランド」というサイトを開設しました。TOSSランドで公開している1万2000以上ものコンテンツは、教育技術の法則化運動などで培った有益な情報ばかりで、現在では1ヶ月のページビューが1000万を超えているほか、世界70か国からのアクセスがあります。

また、TOSSでは教師の育成だけではなく、「どの子も大切にされなければならない。一人の例外もなく」というコンセプトのもと、教材や教具の開発もおこなっています。そうした理念のもとに開発したのが「五色百人一首」や「算数ノートスキル」「スーパーとびなわ」といった教材です。日本古来の優れた伝統文化を、教材というカタチに進化させた五色百人一首は、その全国大会を開催。これまでに300万人の子どもたちと8万人の教師たちが体験しています。こうした取り組みを通じ、教育界を大きく変革していきたいとTOSSでは考えています。

指導の基本とは「教えてほめる」ことである

子どもたちを指導する際の基本は、「教えてほめる」ことです。これは塾の先生方もよくご存じでしょう。しかし、まだまだ叱って育てる教師が多いと私は思っています。教えてほめるとは、具体的にはどうすればいいか。たとえば、こんな例があります。

s4 ある若い先生が、小学校4年生のクラスの担任になりました。そのクラスには掃除の時間になってもチャンバラばかりやっているグループがいる。普通の先生であれば「ちゃんとやりなさい」「掃除しなきゃだめでしょ」というのだと思いますが、その若い先生は違いました。「みんなおいで」とチャンバラに夢中な生徒を呼び集め、掃除の仕方を実際にやってみせたのです。「掃除というのはね、こうやってゴミを集めるんだよ。それをちりとりで取って、取ったゴミはゴミ箱に捨てる。それでゴミ箱にゴミがたまったら、今度はゴミ捨て場に捨てにいくんだ」。そうすると、チャンバラをしていた子どもたちは次の日からみんな静かに掃除をするようになったのです。さらにその先生は「よくできたね、掃除はそうやってやるんだよ」と、子どもたちをほめてやりました。この一連の指導が「教えてほめる」ということです。こうした状況の場合、「真面目にやりなさい」と言うことが教えることだと錯覚してしまっている教師がたくさんいます。でもそれは注意しているだけです。きちんとやり方を教えてあげて、少しでもよくなったら「よくできたね。それでいいんだよ」と何度でもほめてあげる。それが「教えてほめる」という、教師がおこなうべき仕事なのです。塾の先生も日々生徒を教えるなかで、迷うこともあるかもしれません。でもこの「教えてほめる」という基本だけは忘れないでいただきたいですね。

それから最後に、長く公教育に携わってきた者の立場から、公教育と塾との連携についてお話したいと思います。私は公教育と塾が連携することについては、大いに賛成です。ただ、その仕組みをどうやって作っていくかが問題だと思います。分かりやすい仕組み作りができれば、多くの人から賛同が得られるでしょう。これからはぜひ私塾のみなさんと手を取り、ともによい教育の機会を子どもたちに与えていきたいと思います。

みんなが私塾界!