Category: 月刊私塾界本誌

あずさ塾(京都府)京の町屋に行き交う 「ただいま」と「おかえり」|疾風の如く|2016年5月号

単なる学習塾とも違う。
学童の預かり保育とも違う。
まるで我が家のような空間。
それは「指導」というより、
「子育て」そのものかもしれない。
学童×学習塾が切り拓く、
あたらしい教育のかたち。

あずさ塾(京都府)

代表 飛田 梓さん

家に帰ってくるような塾

町屋を利用した趣きあふれる外観

「ただいまー」「おかえりー」。温かい日常のやりとりが、京都の町屋に響く。
しかしここは、子供たちの家ではない。まごうことなき「学習塾」である。学童保育と塾を融合させた、新しいスタイルの幼児塾『あずさ塾』だ。京町屋を利用したその教室は、おおよそ塾とは思えない、旧き良き京都の家族の風景をそこかしこに漂わせている。そして行き交うあいさつが、その家庭的雰囲気をさらに色濃くする。
あずさ塾のある地域は、京都の中でも比較的教育熱が高いエリアだ。中学受験はもとより、小学校のいわゆる〝お受験〟に挑む家庭も多い。そんな中で「我が子には幼い時期からきちんとした教育を受けさせたい。かといって、まだ年端も行かぬうちからお勉強の詰め込みばかりなのもちょっと……」という家庭から、大きな支持を受けているのだ。

「間に合わない」子供たちの存在

そんな温かな塾を開いたわけを、代表の飛田梓はこう語る。
「開業時は中学受験生をメインに教えていたんです。でもそこに、ある種のジレンマを感じて。もっと低年齢の、子供の根幹や土台作りとなる時期から関わってあげたいと思うようになったのがきっかけですね」(※別教室で中学受験指導は継続中)。
教育の世界を目指したのは、父が塾を始めたことによる。父は会社員として日々を送りながらも、想いあり、副業として開塾。それが、飛田がちょうど大学に入学したころだ。半ば自然発生的に塾を手伝うようになり、次第に教育の面白さに目覚めた。ボランティアとして、小中学校の受験指導や放課後指導にも赴くことも多かったという。
やがて周りが就活を始める頃になっても、あまりそんな気になれず、気持ちは自身も塾をやる方向に動いていた。市の主催する起業家塾に参加して学び、やがて自分の塾を開いたのが『あずさ塾』の始まりだ。
しかし開業したはいいものの、大きな歯がゆさが彼女を襲う。中学受験生を対象に指導していたが、「間に合わない」子たちに出会うことが増えたのだ。幼い時にきちんと思考力や主体性を身につけてこなかったために、どうしても勉強に対して受け身になり、越えられない壁にぶつかってしまう。飛田も生徒ももちろん全力を尽くしたが、今までの〝ツケ〟を返上するのは、物理的・時間的に限界があった。情熱や精神論だけではどうしようもない現実があったのだ。
「もっと幼いころから、自学自習できるようにしてあげていたら……」「生活習慣から深くアプローチできていたら……」。そんな、慙愧とも使命感ともいえるような思いが、学童×学習塾をメインとした『あずさ塾・御所南教室』オープンにつながっていったのである。

安心して中学受験に挑戦できる
家庭的な温かい塾を


教室内は、畳に和風机と、寺子屋を思わせる雰囲気だ

その想いを胸に、女性起業家を支援するビジネスプランコンテストに応募した飛田。ここで入賞すれば、事業資金も援助してもらえる。エントリーテーマは「ワーキングマザーを支援する、長時間預かり型の学習塾」だ。
単なる幼児教育塾にしなかったのは、『小一の壁』問題などに散見される、共働き家庭における教育・子育ての難しさに問題意識を持ったからだ。とにかく、家庭のような温かさの中で、子供たちに必要な力を育んであげたかった。だからこそ、町屋であることに意味があったし、「学童×学習塾」というスタイルにこだわったのである。その姿勢と着眼点が認められ、プランは見事に特別賞を受賞した。
「指導ではなく子育てをしているイメージです」(飛田)と言うように、開塾後も気持ちはいつも生徒と保護者に寄り添っている。「せっかく学童のスタイルを取っているのだから、美術やお習字などの習い事ともコラボしたいですし、共働き家庭でも安心して中学受験にチャレンジできるような体制を作りたいです」と飛田。あの日果たせなかった悔しさは、いま着実に光が当たり始めている。(敬称略)
文/松見敬彦

飛田 梓 AZUSA HIDA

京都市生まれ、京都市育ち。父の設立した学習塾を手伝う中で教育に関心を抱き、自らも塾を設立。中学受験をメインに指導するも、その土台となる幼少期の教育の重要性に目覚め、別教室として「学童×学習塾」スタイルの教室を開塾した。受け身な姿勢をなくし、自学自習できる子供を育てることに使命感を燃やす。

●WEBサイト
http://www.azusajyuku.net/

特定非営利活動法人 鴻鵠塾(東京都)生きたい人生を生きよう 広がれ、羽ばたけ、鴻鵠の翼|疾風の如く|2016年4月号

自分が歩んできた「当たり前」の世界。
それは、社会全体から見れば
あまりにもちっぽけな箱庭だった。
その進路は、自らの心に従った結論かい?
情報に踊らされる若者たちに
「人生を自ら選択する」喜びを。
届け、鴻鵠の志。

鴻鵠塾(東京都)

代表理事 上田 圭祐さん

鴻鵠の視点を持て

代表理事 上田 圭祐さん

燕雀安んぞ、鴻鵠の志を知らんや。小さく狭い視点(人物)では、大いなる大志を理解できるはずがないという意味の故事成語だ。
対して、現代の日本社会に生きる若者はどうだ。自らの人生の岐路となるはずの進学や就職先の選択でさえ、何が正しいか分からず彷徨っている。自らの魂の声に耳を傾けることを忘れ、他人や社会が決めた価値観を唯一の「幸福」あるいは「勝利」だと信じ込まされ、枠の中に自分をはめ込んでいく…… そんな現状を憂い、「鴻鵠」たる視点を若者に芽生えさせるべく、東奔西走する男がいる。上田圭祐(三七)だ。
上田の教育活動は、NPO法人として、高校生・大学生のキャリア形成などを支援すること。いわゆる学習塾のカテゴリではない。しかしその実践は、まさしく人を育てるという、本質的な「教育」そのものといえるだろう。
自身は、筑波大附属の小・中・高から中央大の理工学部、日本最大級の産業技術研究機関・産総研を経てIBM社に入社するという、まさにエリート街道を歩んできた人間だ。しかし、人もうらやむようなその経歴の裏には、多くの挫折や苦しみを孕んでいた。それが、上田の教育の原点だったのかもしれない。

あまりに狭すぎた世界の中で

多くの社会人との接点やワークなどを通じて学生の自己理解を深める

上田が筑波大附属の畑を歩んできたのは、親の意思だ。さすがに小さな子供に進路の自己判断を迫るのは無理があるが、上田にとって「世界」とは、その学校社会がすべてだったことは事実である。
しかし、高校から入学してきた同級生が、その狭い社会の壁を壊してくれた。彼はダンスが大好きな行動派で、その賛否は別としても、中学生の頃から六本木のクラブに出入りしていたようなタイプだ。もちろん、これまでの上田の世界には、まったく存在しなかった遊び方である。
ある日、彼は上田をクラブに誘ってくれた。そこで上田が見たのは、多くの仲間に囲まれ、学校では見たことのないような輝きを見せる彼の姿だった。「今までの俺の人生、なんだったんだ……」そう思うのも無理はなかっただろう。
次の転機は、浪人経験だ。医師になりたくて国立大の医学部を目指していたが、二浪した末に挫折。予備校に通っているときも、自分が知らなかった生き方や価値観を持っているヤツらを、たくさん見てきた。
もちろん、これだけ努力しても合格できないという事実も、カルチャーショックと屈辱感に拍車をかける。結局、中央大に進んだのも、決して自ら望んだ道ではなかった。医学部への未練を残しながら、やりたいことも見つからない日々だった。
しかし、仲間もたくさんでき、いわゆる楽しい学生生活は謳歌できたという。そうした人とのコミュニケーションが、次第に上田の中に「やりたいこと」を萌芽させていった。「人と接すること」に喜びを感じていたのだ。
産総研も、最初は勧められるがままに入っただけだったが、かえって「自分は研究より人と接するほうが好き」「それを活かした企業人になりたい」という想いを強くさせるのに奏功した。
上田の中の「鴻鵠の視点」は、着実に開き始めていたのだ。

就活を通じて、人生を掘り起こす

6次産業化や祭の創出など、学生の力を活かした地方創生事業も行う

IBM入社後は、水を得た魚のようにその本領を発揮。主に営業職として華やかな実績を次々に残す一方で、友人・知人、あるいは本人から、悩める就活生の力になって欲しい、という相談が舞い込むように。これが、鴻鵠塾の原点である。
便宜上、就活塾としてテクニック指導もするが、根底にあるのはあくまで「なぜ社会に出るのか」「出て何をしたいのか」「それができる仕事は、会社は何か」という、『生き方』を深く問う作業だ。やがて上田の下には多くの学生が集まるようになり、送り出した内定者は八年間でのべ七〇〇人を超えた。
最近では高校生向けのキャリア教育や、培った学生・社会人の人脈を活かした地方創生活動にも力を入れている。鴻鵠の翼は、着実にその飛行範囲を広げ続けている。(敬称略)
文/松見敬彦

上田 圭祐 KEISUKE UEDA

1978年生まれ、東京都出身。IBMに入社後、大学生の就活支援を通じたキャリア教育活動を始める。やがて希望者が続出するようになったことで、持ち前の起業家精神に火がつき、活動をNPO法人化。現在は都立校のキャリア教育や地域活性事業にも活動領域を広げる。今後は、学習塾や私立高校にも活動を広げたいと語る。

●WEBサイト
http://koukokujyuku.org/

パイオニア ランゲッジスクール(神奈川県)英会話という「窓」を開けて 真のコミュニケーション能力を|疾風の如く|2016年3月号

優等生だった自分。
それに疑問を抱いたとき、
目の前の「窓」は開かれた。
学力という、唯一にして
画一的な価値観に踊らされる
親子を助けたい。
英会話には、そんな力がある。

パイオニア ランゲッジスクール(神奈川県)

マネージャー 中村 由香里さん

レールを外れてみたかった

マネージャー 中村 由香里さん

飛行機が空に残した一筋の白い雲は、彼女の夢が描いた軌跡そのものだ――三年生になったとき、その女子高生は単身渡米した。これから、一年間の留学生活の幕開けである。
 ただ、留学とはいっても、高校が用意した交換プログラムの類ではない。渡米も、滞在先も通う学校も、すべて自ら(と家族)が独力で判断・手配したものだ。「ずっと敷かれたレールの上を歩んできて、そこを外れてみたかったんだと思います」。当時を回顧して、当人・中村由香里はそう笑う。
 地元の有名私立校に通い、勉強が得意で生徒会長も務める「ザ・優等生」だった中村。目指している大学もあったが、ふと感じた。「これって、本当に私がやりたいことなのかな……」。
 テストで良い点を取ることだけが、唯一の存在証明であり人間的価値。志望校に挙げた大学も、特にそこへ行きたかったわけではなく、立場上そのあたりが妥当だろうと空気を読んだだけだ。
 そう、彼女は自分の人生ではなく、日本社会が望む理想的高校生の人生を生きようとしていた。演じている自分に気づいてしまったのだ。

母の背中を追って

母で校長の祐子さん。中村さん共々、熱い教育理念の持ち主だ

そこに気づける感性を彼女に授けたのは、間違いなく母だ。約三五年前、母の祐子は、静岡・富士宮で小さな英会話スクールを開いた。現在、中村がマネージャーを務める『パイオニアランゲッジスクール』の前身だ。とはいえ、当時はただでさえ英会話スクールなど珍しかった時代。ましてや静岡の片田舎となれば尚更である(現在は神奈川へ移転)。
 しかも母自身、英語に堪能だったわけではないという。彼女は大学で心理学を学んだが、学会で外国の研究者と意思疎通すらできない自分たち日本人に、猛烈な危機感を抱いたのが始まりだ。それは単に語学力だけの問題ではなく、外国人とコンタクトを取ろうとする意思そのもの、最も原始的なコミュニケーション力の欠如と言っていい。「こんな状況は私たちで終わりにしたい。次の世代に、英会話力という新しい窓を創ってあげたい」。それが開校の理由だった。
 経営者であり、妻であり、親であり、同時に祖父の介護まで行いながら自分の情熱を次々と形にしていく母への憧れ……母は信念の人であり、明らかに自分の人生を生きていた。その有形無形のイズムは長い年月をかけて中村のなかに種を蒔き、やがて彼女が一八歳を迎えるころ一気に芽吹くこととなる。

決められた物差しの中で、さまよう親子たち

校長・スタッフのみなさんと。創業時はネイティブ講師を自宅に下宿させていたほどだという

 海を渡った中村に、自由の大地は次々と価値観のシャワーを浴びせてくれた。中でも驚いたのは教育哲学だ。
 個人主義のアメリカでは、不得意な科目があってもそれを「劣る」とは見なさず、個性だと考える。代わりに得意なことをとことん認め、伸ばす教育だ。また、いま学力がふるわない子でも、学びへの熱意や努力の過程が評価されれば大学へも進学でき、奨学金も得られる。子供の未来に賭け、評価し、投資する発想なのだ。
 対して日本は、得意を伸ばすよりも、苦手をなくして平均化することが是とされる。「今の」成績が悪ければ次の学びの門は決して開かれない。日本式教育の利点も理解できるが、子供の価値をはかる物差しが学力しかないのはどうなのか。さらに、親も子もそれが正しいと信じ込まされ、成績だ受験だと踊らされ、疲弊を重ねている。そんな思考停止的社会に恐怖すら感じた。彼らを救い出してあげたい、そうじゃないよと教えてあげたい……中村のなかに理念が生まれた瞬間だった。
 やがて米国の大学を卒業して帰国。大手塾などで働いたのち、母の教室へ。夢は大きく「日本人の開放」である。母は英会話力を「窓」と称したが、その気持ちは同じだ。英語を通じて世界に繋がれば、視野の裾野は無限に広がる。学力=人間的価値という一方通行の一本道を歩いてきた子供たちに、「どこにだって歩き出せるんだ」と気づかせてあげたい。それが中村の、『パイオニア』たる彼女の、教育フロンティアだ。(敬称略)

文/松見敬彦

中村 由香里 YUKARI NAKAMURA

静岡県出身。英会話スクールを経営する両親のもとで育ち、留学を経て日本の教育の画一性に疑問を抱く。大手の塾企業・通信事業企業に勤めたのち、両親が興した『パイオニアランゲッジスクール』入社。受験英語ではなく英会話というスタンスを貫き、単なる語学力としてのそれではない、総合的・人間的コミュニケーション力を伸ばすことに力を注ぐ。  

●WEBサイト
http://www.pls-edu.jp

スマイルアシスト(栃木県)塾と親が手を取り合って みんなで育てる、心の〝共育〟を|疾風の如く|2016年2月号

人とは少し違う道を歩いてきた。
だからこそ、見えることもある。
勉強だけできても人は育たない。
心を育てて、人を育てる――
元・キャリア自衛官が抱いた
教育の理想とその挑戦。

スマイルアシスト(栃木県)

塾長 黒木 久美子さん

女子大生は、キャリア自衛官へ

黒木 久美子さん

「えっ、本当にウチでいいの!?」。採用担当者は、立場も忘れてそう尋ねた。それも無理はないだろう。その就活生は、なんとキリスト教系女子大の学生。同窓生の多くが銀行員や保育士として就職するなか、ここ・防衛省の門を叩いていた。しかも、各都道府県でたった一人しか採用されないと言われる裁判所勤務の内定を蹴って。まさに異色中の異色と言っていいだろう。
もちろん、防衛省だってエリートコースだが、いわゆるキャリア自衛官の道だ。精神的・体力的にも厳しく、男社会。職責も特殊である。
しかし、本人に迷いはない。当時はPKO活動が話題になりはじめたころで、「人を助けて、しかもそれが仕事になるなんて素晴らしい」と思っていた。自分の信念にまっすぐで、自他共に認める負けず嫌い。黒木久美子とはそういう女性であり、だからこそいま、塾をやっている。

教育を思うからこそ、教育から離れよう

実はもともと、教育への関心は強かった黒木。大学では教育実習も経験、生徒から慕われる人気の先生だった。「ああ、先生の仕事っていいな」。素直に、そう思ったという。
しかし、だからこそ彼女は教員の道へ進むのをやめた。「たかだか二〇年そこそこしか生きていない小娘が『先生』なんて呼ばれ、こんな狭い経験と視野で子供に何を伝えられるのか」と、採用試験を目の前に踵を返した。「一度、一般社会で揉まれ、それでも先生になりたいと思えたら挑戦しよう」と考えたのだ。
防衛省では暗号部隊へ。「相当やられましたね」と彼女は笑うが、そこは、予想通り厳しい世界だった。自衛官にとって〝現場〟とは戦地であり、自分一人のミスで部隊が全滅することもある。ここで仲間を思いやり、大事にする価値観を徹底的に鍛えられた。同時に上官として「人を育てる」ことの楽しさも再認識していた。
その後は順調なキャリアパスを重ねながらやがて結婚し、娘も産まれたが、それが転機に。女性が子育てしながら自衛官を務めるのは職務上かなり難しく、駐屯地内に保育所機能を持たせる意見具申をするなど奔走したが、物理的な壁もあり難しかった。
結果、ここでも彼女らしさを発揮する。次のあてもないまま退省したのだ。当然、周りは全力で慰留した。「なぜ安定を捨てるのか」「このままいけば勝ち組なのに」と。しかし彼女にとって、家族をないがしろにして得る将来など、決して勝ち組とは呼べなかったのだ。

個性心理学を活かし『三位一体』の塾を

笑顔が印象的な黒木さんだが、生徒と向き合うときは真剣そのもの

退省後は、地元・福島の有名企業へ。しかしそこは完全な個人主義の会社で、人材を育てようとしない。「隣のデスクにいるのは、仲間ではなく敵」というありさまで、勉強だけできて一流企業に入ってもこれでは…… という思いを強くした。
それが反面教師になったのか、学生時代のあの想いが頭をもたげる。「やっぱり、教育をやりたい。人を育てる塾を創りたい!」。
そうして着々と起業準備を進めるさなかだった。〝あの日〟が訪れたのは。―― 3・11。自宅は半壊、原発の不安もあった。開業どころか、生活もままならない状況に意を決し、娘を連れ栃木へと移住、そこで晴れて塾を開いた。
これまでの経験から、胸にあった想いは一つ。「まずは子供の自尊心を育てたい」。だが当初は、それがなかなか理解してもらえない。保護者が求めるのは「とにかく成績さえ上がればいい」ばかりで、まずはここを変えねばならなかった。
そこで個性心理学を学び、その子の個性や才能に即して指導を使い分ける手法を取り入れた。さらに親をも巻き込み、親身に相談に乗りながら協力して子供らを育てる『三位一体』『親子共学』の教育も実践。実は親自身も、子育てに多くの悩みを抱えていたのだ。その取り組みはみるみる地域に浸透し、いまや押しも押されもせぬ人気塾だ。
「うちから世界に羽ばたく子を育てたいんです」(黒木)と理想は高い。自らが異色のキャリアを歩んできたからこそ、伝えられることがきっとある。(敬称略)文/松見敬彦

黒木 久美子 KUMIKO KUROKI

福島市出身。防衛省・民間企業を経て、震災後は栃木県小山市に移住。一度は福島での開業を諦めた学習塾を立ち上げ、「教育を通して世界中の子どもたちを笑顔にする」という志を基に、その子の個性を明らかにすることで才能を伸ばす教育を実践中。また、母子のストレス軽減・学習環境改善に取り組む「個育てマム」を主宰するほか、DAREDEMO HERO日本支部関東統括長として、フィリピンの貧困層の子供たちの教育支援、小山市の国際交流会おいふぁの理事も務める。

●WEBサイト
http://www.smile-assist.net/

WinStar個別ONE(兵庫県)塾に携わる者だからこそ、あえて。 目指したのは「塾のない社会」|疾風の如く|2016年1月号

どこを向いて仕事をしている?
 誰のため、何のために塾で働く?
 忘れてしまっていないか子供のための教育を自分が楽しみながら働くという当たり前のことを

WinStar個別ONE(兵庫県)

代表 北浦 壮さん

WinStar個別ONE 北浦 壮氏

塾は趣味でやりたい

戦火に散った戦場カメラマン・ロバート=キャパは言った。「私の一番の願いは、失業することだ」。世界に平和が訪れ、戦場カメラマンという仕事が必要ない社会の実現を願った言葉である。
 思えば、すべての仕事はそんな悲しい皮肉をはらんでいると言っていい。塾だってそうだ。子供たちの学力向上が塾の第一義だとすれば、塾を必要としない世の中にするのが、塾人が目指す最終目的地なのかもしれない。まあ、頭では理解しても、心からそう思うのはたやすくないが。
 しかし、北浦壮(三六)は違った。はばからずそれを口にする。「子供たちが塾なんて行かずに済むようするのが最終目標です」。同時に「塾は趣味でやりたい」とも言い切る。誤解を受けそうな言葉だが、もちろん塾という仕事を舐めているわけではない。そこにこそ、北浦が塾をやる理由、目指した理想があった。

心臓病の少年との出会い

いわゆる〝夜の街〟でアルバイトをしながら、二六歳まで司法浪人を続けたが挫折。それが周囲の笑い物になっているような気がして、いたたまれず故郷を逃げ出し、縁もゆかりもない地で大手進学塾に就職した。「僕は基本的に、逃げてばかりのダメ人間なんですよ」と笑うが、そんな自然体も彼の魅力だ。
 塾を選んだのは、かつて「教育で人は変わる」喜びを経験していたからだ。高一のころ、近所のとある小学生の家庭教師を頼まれたのだが、その子は心臓病を患っており、気も弱く、二〇歳まで生きられないとも言われていた。ふさぎこみがちな我が子を心配した母親が、「せめて話し相手に……」と北浦を引き合わせたのだ。
 勉強もそれなりに教えたが、くだらない日常のこと、女の子のこと、ちょっと悪い遊びのこと……まともな学校や塾なら大問題になりそうな話題もたくさん語りあった。それはお世辞にも上品な「教育」ではなかったが、血の通った真実がたくさんあった。「臭いものに蓋をしない」――それこそ北浦の教育であり、その姿勢は塾を開いた今も変わらない。やがて少年は奇跡的に回復し、明るく元気になったうえ社会復帰も遂げ、今でも友達のような存在だという。そこに北浦は「人を育てる」という教育の純粋な楽しさを見出したのだ。

売上を追い求めない塾を作りたい

しかし、最初に就職した塾は、いわゆる軍隊式で売り上げ至上主義。自身は常にトップクラスの成果を出してはいたものの、違和感をぬぐえなかった。後に転職した塾もそれは同じで、どこか社員たちが、生徒でなく会社のほうを向いて仕事をしているように感じたのだ。子供たちには「生きる力」だ、「夢を持て」だと言いながら、当の先生たちが仕事、ひいては人生を楽しんでいるようには到底見えなかった。
「この人たちは、誰のため、何のために塾で働いているんだ?」。そう思ったとき、独立するのは自明の理だったと言えよう。

夏のキャンプにて。その笑顔から、いかに子供たちと一体になって楽しんでいるかよく分かる

そこで、開業するに当たって重視したのは「自分も子供も」笑いあえる塾。営利に走らない塾。教育が売上追求の犠牲にならないよう、事業を多角展開し、利益の多くはそこで出そうと考えたのだ。北浦自身が塾を「楽しめる」こととは、自分の利益に惑わされず、純粋に子供たちの利益を追求できることであり、「塾は趣味でやりたい」という言葉の真意もここにある。
 だから、今でもチラシはほとんど打たないし、無理な入塾も迫らない。塾生の成績が上昇してきたら、平気で(もっとハイレベルな)他塾への転塾を勧める。不思議なもので、そうすればするほど生徒は増えたし、生徒たちの成績も上がった。塾生同士も結束が強く、小学生から浪人生まで、まるで家族のような関係性だという。個別指導塾では珍しいことだ。
「塾というより、教育を通じた地域サロンのような場にしたい」と北浦。もしかしたらそれは、彼の目指した「塾のない社会」の第一歩、あるいは進化した塾の形なのかもしれない。(敬称略)

文/松見敬彦

北浦 壮 TAKESHI KITAURA

1979年生まれ、大阪府出身。塾が過剰な営利主義に走ることを疑問視し、理想を求めて独立開業。「自分(講師や社員)が幸せでないのに、他人(生徒)を幸せにはできない」という理念のもと、塾の社会的地位向上を目指す。そのため、各教室長がプロとして独立した裁量権を持って教室運営するスタイルを取る。気さくな人柄で「僕みたいな人間でも、楽しいことを追求して生きていけるんだと子供らに伝えたい」と語る。
●WEBサイト
http://www.win-star.jp/
●ブログ
http://ameblo.jp/hoshitea/

麹町学園女子中学校・高等学校|挑む私学|月刊私塾界2016年2月号掲載

昨年、創立110周年を迎えた麴町学園女子中学校高等学校。伝統ある同校だが、ここ数年は教育改革に関する大きなトピックスが聞こえてこなかった。
 しかし、今、財団法人実用英語推進機構代表理事であり、「英語教育の在り方に関する有識者会議」の委員も務める安河内哲也氏を特別顧問に招き、まさに大改革がおこなわれている。
 そこで今回は、英語教育改革を中心に、次代を見据えた進化に挑む同校にフォーカスしたい。

麹町学園女子中学校・高等学校

校長 山本 三郎氏
特別顧問 安河内 哲也氏

麹町学園の校舎

麹町学園の校舎

「みらい型学力」

グローバル社会、情報化社会、そして大学入試改革に対応するためにこれから求められる力を、麴町学園女子中学校高等学校では総称して「みらい型学力」と呼んでいる。
 その内容の一つは、「思考型授業」。講義型と思考型の学習を組み合わせた指導法を展開し、身につけた知識をもとに生徒間でディスカッションを行いながら理解を深めるために、各教科でアクティブラーニングを行う。

16代校長の山本三郎氏

16代校長の山本三郎氏

二つ目は、「みらい科」だ。これは、同校が独自に実施している進路教育プログラムだ。課題対応力や人間関係形成能力を感得できる「みらい論文」、「クリティカルシンキング授業」、自己理解、自己管理能力を醸成するための「レジリエンス教育」など多岐に渡っている。

みらい型学力のイメージ

みらい型学力のイメージ

三つ目は、「グローバルプログラム」である。同校では、中学2年生時には、全員参加のアイルランドへの海外研修旅行を用意している。また、中学3年生のGA・SAプレコースでは、3学期時にニュージーランドへの3ヶ月留学も用意し、英語を使うことから異文化理解、多様な人々との協働を通して学びを深めていく。
 もちろん、希望者には短期・長期を問わず海外留学の門戸を開いている。
 昨年16代校長として着任した山本三郎氏は、これらを掲げて学校改革に着手。さらに、英語科特別顧問に安河内哲也氏を招き、英語教育改革「アクティブイングリッシュ」を新たな柱に据えている。

「アクティブイングリッシュ」
英語科特別顧問の安河内哲也氏

英語科特別顧問として安河内哲也氏を昨年10月に迎えた。

昨年10月より特別顧問に就任した安河内氏と英語科でミーティングを重ね、共働して着々と改革を進めている。
 例えば、英語科の10の約束である。その内容は、
1・授業では最新のテクノロジーをフル活用します。
2・授業の半分以上は生徒の言語活動に当てます。
3・すべての教員は音声を重視した指導します。
4・頭を使わない丸写しのような作業はやらせません。
5・教師も積極的に英語を話します。
6・無計画な宿題は出しません。
7・英語の授業では全文訳は書かせません。
8・決められた教材を中心に反復を重視します。
9・ネイティヴの音声を多く使います。
10・英語が楽しくなる工夫を授業に盛り込みます。
となっている。
 これを公約し、実行に移すのは相当覚悟のいることだろう。
 しかし、これらを実行するために、「英語は音声教育の徹底」、「ICTのフル活用」、「チームティーチング」、「アクティブラーニング」、「モチベーションを上げる体験」の5つの柱を中心に据え、4技能を磨き、使える英語を身につける取り組みを強化していく。
 具体的な変化としては、2016年度の新中学1年生からは、これまでおこなってきた朝読書に加えて、毎朝10分の英語の音声活動を開始する。これは全国的にも類を見ない新しい取り組みだ。

i LoungeでのChristmas

2015年9月に新設したi Loungeで安河内哲也氏。

もちろん、他学年の在校生に対しても同様に、導入準備を始めている。さらに、ユニークな試みとして英語の歌による合唱コンクールも計画されている。
 ICTの活用については、全教室にプロジェクターとスクリーンが設置された。その使い方を生徒にもレクチャーし、朝の音声活動などを生徒が中心になり運営していく。さらに、無線LANも全教室に備え、海外の大学の講義をネット閲覧できるようにすることも検討している。
 また、チームティーチングを導入することにより、教員間で教材の共有化やメソッドの統一が期待できる。そして、教員に時間的余裕が生まれ、空いた時間に研修をおこなうなど、指導力の研鑽に充てることができ、教員のスキル向上を図ることができる。
「アクティブラーニング」については、先に挙げたように、生徒が授業運営に参加することで、自ずと能動的に学ぶ環境が整備される。
 また、平常点による定性的評価、CAN‐DOリストも導入される。

i Lounge

i Loungeでリラックスしながら英語に親しむ生徒たち

そして、「モチベーションを上げる体験」。同校には、校内英語村として、英語のみで運営されるスペース〝iLOUNGE〟が設置された。その中では、お菓子なども食べることができ、リラックスしながら、英語に親しむことができるようになっている。
 また、〝多読ライブラリ〟を設置し、本棚には多数の洋書が置かれる。
さらに、教材の選定、作業型宿題の廃止、定期試験のフォーマットの統一、英語関係のイベントの誘致、英語コンテストなど、わずか数ヶ月で数えきれないほどの改革が実行されようとしている。
 まさしく「アクティブイングリッシュ」である。

山本校長

就任以来、次々と改革を実行に移す山本校長

改革はまだ序章に過ぎない

安河内氏は言う。「この学校で英語教育を変えられなかったらどこでもできない。不易である過去の伝統も大事ですが、それに固執していれば輝を失ってしまいます。私学としての魅力を発揮するためには、常に次代を見据え、進化することが不可欠です」
 また、山本校長は、「現在、授業時間は34時間体制ですが、来年からは7時間目を作り、その時間にキャリア教育や国際理解教育として、社会で活躍する女性を招いた授業等を行う予定です。しかし、まだ〝やります〟という段階です。本当に試されるのは、次年度。今、次年度に向けて様々な準備をしています」と語る。

開校当時の様子

1905年に大築佛郎氏によって開校された当時の様子

麴町学園女子中学校高等学校は、これまでよりもスピードを上げ、高みを目指した改革を進めている。そうした改革は、同校だけでなく、他校、さらには公教育全体の試金石となるのではないだろうか。
 ぜひ、新しい学校教育の旗手となってもらいたい。

■学校データ
学校法人 麹町学園
麹町学園女子中学校・高等学校
〒102-0083
東京都千代田区麹町3-8
http://www.kojimachi.ed.jp
TEL :03-3263-3011(代)
FAX :03-3265-8777
2017年1月12日(木)、21日(土)に入試説明会を実施

月刊私塾界3月号記事訂正のお知らせ

平素は弊社刊行の月刊私塾界をご購読いただき、誠にありがとうございます。
2016年3月1日発刊の月刊私塾界3月号、P.82〜P.83「白書界隈徘徊話」で訂正箇所が判明致しました。
本文中、表、グラフに表記されている「支払率」、「支払者」の表記はそれぞれ、「支出率」、「支出者」となります。
重ねて、お詫び申し上げます。
2016年4月1日発行の月刊私塾界4月号の本連載「白書界隈徘徊話」でも訂正をさせていただきます。

2016年3月1日 月刊私塾界編集部

月刊私塾界11月号記事訂正のお知らせ

平素は弊社刊行の月刊私塾界をご購読いただき、誠にありがとうございます。
2014年11月1日発刊の月刊私塾界で訂正箇所が反映されなかった箇所がありました。
関係者の方々、大変申し訳ございませんでした。
再発防止を誓い、訂正させていただきます。

訂正箇所
月刊私塾界2014年11月号(2014年11月1日発刊)
P.8 私の教育
森絵都さんプロフィール

誤)早稲田大学第二文学部社会人間系専修卒業

正)早稲田大学第二文学部文学言語系専修卒業

重ねて、お詫び申し上げます。

森 絵都 MORI Eto
1968年4月8日生まれ、東京都出身。早稲田大学第二文学部文学言語系専修卒業。
1990年に「リズム」でデビュー。「宇宙のみなしご」は、第33回野間文芸新人賞、第42回産経児童文学出版文化賞ニッポン放送賞。
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」で第20回路傍の石文学賞、「つきのふね」は第36回野間児童文芸賞受賞。
「カラフル」で第46回産経児童出版文化賞を受賞。「風に舞いあがるビニールシート」で第135回直木賞を受賞。
近著に「クラスメイツ」。集英社「小説すばる」にて塾を題材にした「みかづき」を連載中。

TOP LEADER Interview|中萬学院グループ 代表 中萬 隆信 氏

人間同士の真剣なぶつかり合いができる集団に。

sサブ1少子化が進む社会、変わりゆく教育環境の中で、塾はどう存続していけばいいのだろう。神奈川県で60年もの歴史を紡いできた『中萬学院グループ』の中萬隆信代表に、その答えを探るべく中長期ビジョンや取り組みなどをうかがった。

私立中高一貫校対策にも使命感を持って取り組む。

2014年は中萬学院グループとして60周年を迎えられます。どんな想いですか。

「60周年というのは、還暦にあたります。〝還る〞ということですから、私たちが『なぜ存続してこられたのか』、『なにが支持されてきたのか』を振り返って原点回帰はしますが、それに新しい時代のメッセージや提案をプラスして、進化していかなければいけないと思っています。

教育業界の環境は、明らかに変化しつつあります。グローバル人材を育成するための英語教育や、大学入試改革もそう。大学入試が改革されれば高校入試改革にもつながるでしょうし、そうすると小・中学生に必要な新たな提案もできます。少子化時代といって悲観的にならなくても、十分にビジネスチャンスはあると考えています」

公立中高一貫校の人気が拡大し、中学受験界にも変化が見られますが、どうお考えですか。

「確かに多くの私立中学にとっては厳しい時代になりましたね。景気がどうのと言うより、『ゆとり教育の見直し』『公立の進学校の復権』『公立中高一貫校の台頭』など、私学をとりまく環境は様変わりです。s建物外観

とりわけ、公立中高一貫校においては、今後も数年で新たな進学結果が出揃ってきます。多少の学校間差が顕在化しつつも、全体的には人気も高値安定となるでしょう。

しかし、一方で私は今後も私学に大いに期待しています。本来、中高一貫のカリキュラムの本家は私学です。大学入試も今後は学力に加え、人物重視の傾向が高まります。心ある私学にとっては大学入試や英語教育の新たな動きはむしろ望ましいことでしょう。例えば、神奈川を代表する進学校である聖光学院の新校舎では、一流のコンサートホールや体育館の充実など、『グローバル人材』の何たるか、そのメッセージを感じさせられます。英語だけではない、芸術も『世界共通語』ですし、健康・体力は全ての礎です。」

受験とは異なるプログラムでの塾づくり。

中萬学院グループの企業理念をお聞かせください。

「企業理念は変わらず〝CHUMAN流〞の通り。ただし、私たちが体験学習や合宿を行っているのは、必ずしも受験と切り離したプログラムを重視しているのではありません。塾の教室外の様々な学習機会の場創りによって、教科に対する、意欲・感心・興味を高めてもらいたいのです。水族館とのコラボなどは人気の高いプログラムとして定着してきました。sメイン

また私は、『花まる学習会』の高濱先生のファンの一人です。遊びをはじめ、子供の頃の様々な経験や他者とのふれあいは、その後の成長における強いメンタル作りに寄与すると信じています。先ほども述べたように、学力はもとより人物重視の傾向が高まるとすれば、それは『向上心』や『好奇心』・『探究心』といった生命力を裏付ける『心の強さ』が条件のひとつになるでしょうから。

もちろん塾である以上、学力・成績の向上が最優先課題です。だからこそ講師の授業の工夫や目の前の生徒への真剣な対応が全てです。その副産物として『僕(私)のためにこんなに考えてくれる人がいる』と、多少なりとも人間を肯定的に捉えてもらえたら何よりです。人間を否定的にみる大人が望ましいコミュニケーションを実現できるとは思えないからです。そのためにも私たち自身が高次元のコミュニケーション能力を持ち合わせ、より深い人間理解に努め、人間同士の真剣なぶつかり合いのできる集団でありたいものです。」

3〜5 年後の中期ビジョンについて、また取り組んでいることをお聞かせください。

「特段、目新しいことを考えているわけではありません。中学受験・高校受験・大学受験という3つの受験フィールドに、個別指導を加えた4つの事業部で中期的には展開し続けます。私たちの展開エリアは神奈川県の南西部に偏っていますから、中身の充実に努め、徐々に拡大していけばいいのです。個別のCGパーソナルは2教場東京にもありますが、成績向上の精度がより高まり次第、面展開する予定です。『成績向上の精度』、それは4つの事業部共通の課題であり、まだまだ深堀りすべき最大のテーマなのです。

但し、想定される大学受験の変化は、当然高校のみならず、小・中にも多大な影響を与えますし、英語学習の在り方などは、先行して準備を始めています。そのためのコンテンツやツールの開発も関連会社と協力しつつ進行しています。」

80周年あるいは100周年に向けての長期ビジョンはありますか。

「随分気の早い話ですね。今の塾という業態のままであるはずはないだろうとは思いますが。ただ、資源のない国の危機意識から、今後も教育産業は一定の市場規模を保ち続けるでしょう。

今後は当然、様々なデジタルツールやコンテンツが従来の教育サービスを変えていくでしょう。ただ人間って面白いもので、ハイテクになればなるほどハイタッチで最後は決まる。例えばうちの『東進衛星予備校』はどの教室も同じコンテンツを使用しているのに業績の差が激しい。結局は、そのコンテンツをどう活かすのか、教室長やスタッフの生徒へのアナログ対応力が浮上する。

もう一つの視点は、今後個人への教育サービスはより利便性を増していくとは思います。しかし一方で、この少子時代、集団的学習機会の意義は高まる面もあるでしょう。小中学生の場合、しっかりした指導者の直接的な学習空間と他者の存在意識は重要な要素だからです。」

大学受験指導事業部の井川隆成部長は、「東進が車メーカーだとしたら、我々はそのディーラー」とおっしゃっていましたが。

「そういう面もありますが。そこで言うディーラーとは車を売るのではなく車のある生活をサポートするディーラーであるべきですね。進学はその先の人生への手段です。車も望む生活のパートナー(道具)として、セダンかワゴンかスポーツカーなのかを選択する。肝心なのは、あくまでもディーラーはサポーターであり、強制的提案者であってはならないと思います。生徒が自ら真剣に将来を考え、『自分で決める』というプロセスを尊重しなくてはなりません。そのための資源と機会を充実させ、プロとして良きアドバイザーに徹することです。」

感動経験の多い人が、人に感動を与えることができる。

人材育成について力点をおいているところは、どんなところでしょう。

「スキルと人間力の向上と言っています。どんな職業でもスキル(技術)のない人は通用しない。例えば大工さんなら、釘をスピーディーに美しく打てる。それはもう我々素人とは比較にならない技術を有している。しかし私たちの業界ではただ『教える人』になるだけなら障壁は低い。だからその職掌において必要とされるコミュニケーション力や授業運営力や面談力、課題解決力はスキルとして身につけることを意識しないと怖いのです。

ここで言う人間力とは、講師を例にひとつの目標として『生徒の心に火をつける』力とでも言えばいいのでしょうか。『感動』が人を変える源であるなら、他者をスパークさせることのできる人物でありたい。そのためには講師自身がたくさんの感動体験を積み重ね、『感動のセンス』を高めておくことが大事ですね。広い意味で人としての勉強を続けることです。そう言えば子会社のエドベックは、来年から社内公用語を英語にします。だから私も英語の勉強を再始動しました。」

今年の新卒採用の状況はどうでしょう。

どこの塾でも人材採用には苦労されているようですが。「景気の回復は、ますます売り手市場になるでしょう。だからと言ってやみくもに採用を広げるわけにもいきません。この機会だからむしろ採用のあり方を見直しています。sサブ2

うちが大学新卒者を初めて採用したのは30年ほど前のことです。当時、私が教室長をしていた教場でアルバイトをしていた学生2人に声をかけたのです。うち一人は銀行に就職し、もう一人が入社してくれました。横浜国大の学生です。まだ売り上げが10億円もない頃ですし、社会的にも塾は就職先として認知されてもいませんでした。とても奇特な学生です。

しかし、その後の発展を支えてくれたのが彼を始めとした、それに続く勇気のある奇特な若者達です。うちは歴史が長いゆえ適度な安定期待を持たれることがありますが、ベンチャースピリットを大事にする風土を育て続け、『なにやら面白そうだから』と入社してくれる学生に、より一層積極的に活躍の場を提供できるよう努めたいと思います。」

『月刊私塾界』2014年3月号掲載

 

TOP LEADER Interview|成基コミュニティグループ 代表 佐々木 喜一 氏

「世界中の人々を幸せにする人財輩出機関 日本一」を目指して。メイン_1139

2012年に創業50年という大きな節目を越え、次なる50年へのスタートを切った『成基コミュニティグループ』。代表の佐々木喜一氏は、教育再生実行会議の委員にも選ばれた塾業界のリーダー的存在である。日本のため、ひいては世界のために、教育改革に手腕を振るう佐々木氏に、成基コミュニティグループとしての新たな取り組み、そして、これからの教育の在り方について伺った。

50年目の決意を「成基100年構想」に。

2012年10月の創業50周年記念式典にて発表された『成基100年構想』についてお聞かせください。

「成基コミュニティグループ(SCG)の中で最長の歴史を有する成基学園は1962年5月4日に創立し、2012年で50周年を迎えました。創立50年の企業の生存率というのは、民間の信用調査会社・帝国データバンクの『法人の経年生存率』によれば、わずか0・7%に過ぎません。1万社に換算すると70社しか生存していないことになります。さらに創立100年ともなれば0・03%と、たった3社しか残っていません。
SCGが100周年を迎えるためにはどうしたらいいか。というと、もう日本一を目指していくしかない。それなら、どんな日本一を目指したらいいだろう。それが『成基100年構想』の発端でした。
社員一人ひとりが、どんな分野で日本一を成し遂げたいのかを真剣に考え、結果、3427もの構想が結集。それを私たちのグランドミッションに照らし合わせて精査し、ゆるぎない目標として結晶化させたのが、10年後までに実現する9つの項目、30年後までに実現する2つの項目。そして、50年後の100周年までに『世界中の人々を幸せにする人財輩出機関 日本一』の実現なのです」

──グランドミッションというのは何でしょう。

「ピラミッド型の『価値基準の概念図』を見てください。その最上位に位置づけられる一つがグランドミッションです。SCGは何のために存在しているのか、といった時の依って立つところであり、道に迷ったりした時の戻るべきベース。いわゆる経営理念にあたるものですね。TOP LEADER_03_03

グランドミッションは、創立者佐々木雅一によって記された設立趣意書の理念を受け継ぎ、こう制定しています。『私たちの大いなるミッション(使命)は、地球・国家・地域レベルの様々な課題に対して「人づくり」という観点から問題解決を図ることである。そして、自立した人間として、仕事を通して人に喜びや感動を与えられる能力を高め、感性豊かな本物の人間になるため、自ら鍛え上げることである』と。

いま地球レベルの課題というと、地球温暖化などの環境問題、格差や貧困や紛争といった南北問題があります。これは私たちが直接解決できる問題ではありません。けれども、そういう課題を解決できる人をつくっていくことはできる。単に難関中学校に受かったとか、高い点数を取ったとか、それは子どもたちのゴールではない。世界のため、日本のため、地域のため、より多くの人のためになるような高い志を持って未来へ向かっていけるような子どもたちをサポートすることが私たちのミッションなんですね。
そのミッションに基づいて、顧客となる保護者様とバリューを共有し、『成基100年構想』といったビジョンを描き、それを達成するための方針を打ち立て、行動していく。全体を仕組み化して行動をデザインすることで、着実に向かうべき方向へと進むことができるのです」

社員一人ひとりにも、それぞれの使命がある。

──グランドミッションの他にもミッションはあるのですか。

「もう一つ、パーソナルミッションがあります。自分は何のために生き、何のために働いているのか。社員一人ひとりが深く探求して明確化した個人のミッションですね。
ふだん、私たちは自分の見える範囲、行動する範囲で物事を完結させようとして、地球の裏側で飢餓で苦しんでいる子どもがいようが、戦争をしていようが、自分は関係ないという発想になりがちです。『シンク・グローバル アクト・ローカル』という、グローバルな視点に立って身近なことから行動しようと考えた時、自分らしく命を燃やせるものは何なのか。それをワークショップを通して設定していきます。
パーソナルミッションができると、今までには到底得られなかったブレークスルー、言い換えると『奇跡』を生むことができる。逆に、ミッションが明確になることで、できていないことも明確になってブレークダウン、つまり落ち込んだりすることもある。それでもワークショップを終えたほとんどの社員は、すっきりしたと言ってくれるんですよ。
他人から、こうしなさいと言われてやったことは責任をとらなくなるけれど、自分の深いところから出てきたものに基づいて行動すれば、そうはなりません。何のために仕事をするのかというと、自分のミッションを達成するため。仕事は自分のミッションを達成するためのツールなんです。時には、SCGでは達成できないミッションになることもありますが、それはオッケーです。そのミッションに従って会社を辞めることになったとしても、『卒業』として温かく見送りたいと思います」規範意識の確立へ。大切なのは「7S」と「4J」。

──政府の教育再生実行会議に参加されて、どんな実感をお持ちですか。

「安倍首相と下村文科大臣が強力なリーダーシップを発揮し、いま政府は『教育再生』を急ピッチで進めようとしています。その最も重要なキーワードとして掲げられているのは『グローバル人材』、そして『世界に誇れる学力の育成と規範意識の確立』です。
2009年に(財)日本青少年研究所がまとめた『中学生・高校生の生活と意識報告書』の中に、とても興味深い調査結果があります。『自分はダメな人間だと思いますか?』という質問には、日本の中学生は56%、高校生にいたっては65・8%と、アメリカ・中国・韓国にくらべかなり高い割合で、ダメだと思っているのです。また、世界の中学生を対象としたOECD等の調査によると、日本・アメリカ・中国・韓国・EUの中学生に『親や先生を尊敬していますか?』と質問したところ、アメリカ・中国・韓国・EUでは80%以上が『尊敬している』と答えたのに対して、日本の中学生はわずか20・7%にとどまっています。成基の生徒に同様の調査をおこなったところ、アメリカ・中国・韓国・EUの中学生より高い88・2%でした。日本の教育が抱える問題の根源は、この低い規範意識にあるのだと思います」

──規範意識を確立するために取り組まれていることはありますか。

「規範意識は一朝一夕に確立するものではありません。SCGには創立以来、塾に入る前には門標会釈、授業がはじまる前には合掌・黙想といった作法を通して頑張る気持ちや、勉強ができる環境や家族への感謝の気持ちを心に刻んできました。『成基の7S』と呼ぶ、整理・整頓・清掃・清潔・仕組み・しつらえ・躾の徹底もその一環です。
さらに、『自分はダメな人間なんかじゃない』という自己肯定感、『自分は尊ばれるに値する』という自尊心、『これだけのことをやった』という自負心、『やればできる』という自信。この『4J』を人格の基として、日々の授業の中での小さな成功体験を通じてしっかり形成しています。成基は、まさにお子さまの『成功基地』なのです」

未来の日本代表を育む「アップ・ジャパン・プロジェクト」。

──グローバル人財の育成、これからの教育についての改革や取り組みをお聞かせください。

「今の子どもたちには志がない。先生自身に志がないから、子どもたちが持つわけがないのですが、『志教育』こそ一番大事なことだと私は思います。志は夢とは違います。例えば、〝フェラーリに乗りたい〞というのは夢であって、志ではありません。ベクトルが自分のために向かうのではなく、世のため人のためになったときにはじめて志になるのです。それをイメージ化したものが、2020年をターゲットにした『アップ・ジャパン・プロジェクト』です。『君は日本の代表なんだ。』をキャッチコピーに、自分は何の分野で日本代表を目指すのか、志のフラッグを掲げようという発想です。何も英会話ができることだけがグローバル人財じゃない。日本の伝統文化やサブカルチャーを伝えることも、あいさつがしっかりできることもグローバル人財には必要な要素。それぞれに異なる分野で突き抜けていく、子どもたち一人ひとりが主役なのです」

──民間教育と公教育との連携という部分についてはどうお考えですか。

「日本のためになるということは、究極は世界のためになることだから、公教育では動ききれない部分はサポートしていこうと思っています。そのコアとなるのが語学。国は小学5、6年生の英語授業を週3回に増やすと言っていますが、週3回の授業ではネイティブな語学力は到底身につかないでしょうし、しかもそれは2020年からの話。公教育では北海道から沖縄までレベルを押し並べなくてはいけませんから、まずは教師の育成のために7年間の猶予があるわけですね。今年の小6年生から大学入試はTOEFL等になるというのに、7年後からのスタートでは受験に備えられません。そういう時こそ、私たちの出番。そこに新しい私教育のビジネスがあります」

月刊私塾界2014年2月号掲載