塾の時代

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VOL.10
1986年1月-6月
『塾が創った学校』

1986(昭和61)年はめまぐるしい年であった。

米のスペースシャトル爆発事故、ソ連チェルノブイリ原発事故などが相次ぎ、三原山が209年ぶりに大噴火したのはこの年である。三井物産マニラ支店長の誘拐事件もあった。

東京都心部を中心とするオフィスビル需要の高まりによって周辺の住宅地にかけても土地の値上がりが著しくなった。来るべき「バブル」の萌芽の表れである。

総理大臣は引き続き中曽根康弘氏だったが、社会党委員長に日本初の女性党首(土井たか子氏)が誕生した。

この年、西武ライオンズがプロ野球日本一になり、レコード大賞は前年に続いて、中森明菜が「DESIRE」で獲得した。「男と女のラブゲーム」(競作)という曲がヒットし、ファミコンソフト「ドラゴンクエスト」が売れ、富士フィルムの「写ルンです」が売れに売れた。

教育産業が一兆円規模になったと長期信用銀行が発表。家庭教育費(一世帯全国平均・年間)が、中学生約3万3,800円(中三生は4万3,600円)で10年前の2.1倍と文部省が発表した。

池田教育ゼミナール(鹿児島市)が池田中学校を開校したのは、業界初の快挙である。今回はこのことに触れないわけにはいかない。

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