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●10月号 ─ 長野県松本市
「長野県松本市は、南北に細長く広がる風光明媚な田園安曇野の中央に位置する人口約20万人の、信州の中心都市である。駅周辺はビジネス街、ショッピング街としての賑わいをみせているが、一歩奥に入ると城下町らしい土蔵造りなどもある。今回はこの松本市の学習塾の動向、状況を追ってみた」というリードがあり、「大手チェーンの進出にも反応はクール」という大見出しに続けて、「県下有数の高校受験激戦地区」─「大手チェーン塾進出に地元は冷静」─「中学浪人専門の受け皿も充実」─「塾の活性化を目指す声も出てきた」というのが小見出しである。
この「地方に飛び火する塾戦争 」特集シリーズは88年6月号の愛媛県松山市編で再開されたが、それ以降の分とまとめてお伝えする機会があるだろう。
鶏口牛後(けいこうぎゅうご)
ということばがある。
『史記』という歴史の古典に載っている。
「ムシロ鶏口トナルモ、牛後トナルナカレ」という言葉を縮めて「鶏口牛後」という言葉が生まれたのである。
「鶏口」とは、小なりといえ、一国一城の主として自主独立路線をとる立場であり、「牛後」とは、大国と手を結び、その尻にくっついていく生き方である。
幸い大企業に勤めることができた。待遇も悪くない。そこそこやっていれば、食いっぱぐれはなさそうだ。だが、もうひとつ面白くない。せっかくの人生だ。思いきった生き方をしてみたい。そこで会社をとび出して仕事を始めてみる。たしかにやり甲斐はあるが、半面、食えなくなる恐れもある。牛後の安全性を選ぶか、鶏口の可能性に賭けるか、どちらを選ぶかはその人の人生観によるのである。








