塾の時代

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VOL.15
1988年7月-12月
『時は移るけど』

 この年6月に本誌『月刊私塾界』は「創刊七周年記念増大号」(通巻85号)を出した。そのことを記念して6月~9月の短期連載で「時は移る」というタイトルで編集部から読者へのメッセージとして1.労使問題2.お金のこと3.中学入試のこと4.高校入試のこと、を発信した。それぞれの一部を紹介させてもらう。

その一

(1)労使協調の実を果たした塾は、発展した。
(2)経営者の無理解は、力を分散させ、やがて不況を招いた。
(3)従業員の独走は、生徒・父母の信頼を失い、規模は縮小した。

 あらゆる労使問題は、結局のところ、右の3つのパターンのいずれかで治まった。これは事実が示した教訓である。

 消えてしまった塾、空中分解した塾、経営者の交替をくり返した塾、労使の絆をより強固にして一大発展を遂げた塾、何とも非情な栄枯盛衰であった。

 生徒・父母との信頼関係によってのみ商行為が成立する塾にあっては、他企業以上に、労使の二人三脚が生命線である。魅力ある授業が最高の商品であり、それは心にわだかまりがあっては達成されないからである。だからといって、見せかけだけの仲良しは、底が浅い分、すぐに実体が見え見えだ。肩組み合うというのは生易しいことではないのだ。時間をかけて、腹をぶち割って話し合い、その上での二人三脚でなければ、ひもがゆるんでしまう。夫婦だって、本当に理解し合えるまでには、30年の歳月が必要だ。お互いに、相手を信頼してみようとの勇気があってこそ、協調が達成されるように思われる。労使どちらにとっても、生活の母体である自塾の発展は共通の願いのはずであり、そうであるなら、協調路線を貫く以外に道はない。

その2

 変わらないものの筆頭は卵である。1箇あたり1円か2円下がったのではないか、と主婦たちは言っている。結構なことである。次いで、赤電話からの市内通話料金も変わっていない。公社が民間のNTTになり、テレホンカードが驚くべき勢いで普及したり等のことはあったものの、10円玉で3分の料金は変わっていない。その他では、値下がり、または不動というものは思いつかない。庶民の感覚からはほど遠い地価は論外としても、足代(交通運賃)、飲食費、レジャー費用等、何をとっても値上がりしていないものはない。因みに、81年当時250円であったラーメン、もりそば、コーヒー(喫茶店での)は、現在いずれも350円である。もちろん、働く者の給料も、それなりに上がっている。国、公、私立学校の授業料も値上がりした。

 さて、それならば、塾の授業料は、どうなったのか。
(1)見かけの授業料は、値上がりしていない。諸物価の上昇にもかかわらずである。
(2)各塾とも、工夫のあとが歴然としている。

a.売上げの項目を増やした。
b.品揃えを多くした。
c.各講習の費用を安くした(各単価を下げ、グロスの売上げ増を狙った)。
d.支出面でのチェック。
e.授業料の集金方法の工夫。

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