塾の時代

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VOL.16
1989年1月-6月
『個別指導への方向』

 この年(1989年)1月7日午前6時33分に昭和天皇が崩御された。87歳と8カ月のご生涯だった。

 元号は昭和から平成へと移った。大喪の礼が行われた2月24日まで日本中で「自粛」が相次いだが、バブル景気は過熱する一方で、好景気を背景に87年に成立した竹下登内閣は、88年税制改革六法案の成立で税率3%の「消費税」の導入を実現した。4月1日からの施行を見届けるようにして竹下内閣は総辞職した。「消費税」がいつの間にか一般財源に組み込まれるという不可解な成立過程が、国民の間に自民党への不信感になったからである。

 総理大臣は目まぐるしく変わった。竹下登(~6/1)─宇野宗祐(6/2~8/8)─海部俊樹(8/9~)のようにである。

 昭和天皇の後を追うように、この年は有名人の訃報が多かった。4/27・松下幸之助社長(享年94)。6/24・歌手の美空ひばり(享年52)。7/16・指揮者の巨匠H・V・カラヤン(享年81)。11/6・俳優の松田優作(享年39)。12/9・作家の開高健(享年58)などである。

 この年のプロ野球日本一は読売ジャイアンツで、「淋しい熱帯魚」(Wink)がレコード大賞を受け、「川の流れのように」(美空ひばり)がヒットしていた。書物では井上靖の『孔子』とともに『一杯のかけそば』(栗良平)という変な本が売れていた。

 この年の9月号で本誌月刊『私塾界』が通巻100号を発刊した。快挙である。

 この年の前半から、「個別指導」が盛んになってきた。それも単なる個人指導ではなく、システム化されたそれである。業界で、いま、最も注目されているシステムは「個別指導」である。生徒の減少期を迎えても、個別に指導にあたっていれば、受けるダメージは少ない。個人の進度に合わせて授業が進んで行くため、親へのアピールも強い。競争心によって伸びていく生徒たちには、集団制が良いのだが、自分の力量を納得しながら学ぼうとする生徒には、教師の細やかな配慮のある個別指導が向いている。

 個別指導で創立以来28年間取り組んできて、この道のパイオニア的存在の(日本全国に160もの教室を持っている)「明光義塾」(本部・東京高田馬場)の例などを紹介すれば、平常月の時間と費用、プログラムなどが分かりやすいのだが、(そして同塾のシステムは89年3月号の「システム研究」の記事で公開している)紙幅の関係で後日に送らなければならない。

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