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- VOL.18
- 1990年1月-6月
- 『土佐塾30年の軌跡』
1990年は、前年の東証の大納会で第一部の日経平均38,951円87銭という史上最高値を記録した余韻を引きずって始まったのに、また、5月には当時の大昭和製紙名誉会長であった斉藤了英氏がゴッホの「ガッシュ博士の肖像」という絵を、絵画史上最高価格の125億で落札というニュースでバブル景気に浮かれたが、同じ年の10月には東証平均株価が2万を割るという現実があり、翌年のバブル崩壊が暗示された。
総理大臣は前年の8月9日以来この年は年間を通じて海部俊樹氏だった。プロ野球日本一は西武・ライオンズが制し、「恋唄綴り」(堀内孝雄)がレコード大賞を受け、「おどるポンポコリン」(B・B・クイーンズ)がヒットを続けましたな。
この年初の大学入試センター試験が行われ、秋山豊寛氏が日本人初の宇宙飛行に成功。田村亮子さんが柔道界にデビューした。兵庫県立高校の女生徒の「校門圧死」という痛ましい事件もあった。一方、若者たちの間では、「きつい、汚い、危険」といういわゆる「3K」の仕事が敬遠され始めていた。「楽して金を稼ぐ」という困った風潮がトレンディーになっていた。
第一教研が学習塾界5番目の株式を店頭公開したのはこの年である。








