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 86年、池田教育ゼミナールが塾として初めて「池田中学校」を創設したことは、何章かに書いたが、翌年(87年)、土佐塾が「土佐塾中学」「土佐塾高等学校」を開いた。その辺のところを90年1月号の〈新春特別誌上講演〉「土佐塾30年の軌跡」の中で『塾・予備校・学校―私教育を貫いたその歴史と理想』というタイトルで、塾長・福島清三先生その人が熱演された。その中から抜粋してお伝えしたい。

 「私が、昭和34年に早稲田の法学部を卒業しまして、その年の5月5日に土佐塾を始めましたときの塾生は、忘れもしません、わずか5人。それが今や、小学4年から中学3年までで、3,400人。通信生というのが800人ございますから、合わせて4,200人の塾でございます。それから学校法人土佐塾予備校は、650人の浪人生と840~850人の現役生を含めまして約1,500人。合計で5,700名が塾、予備校。これが一応、塾産業でございます。また、土佐塾中学、土佐塾高校が707名おりますから、まあ700と概算しまして6,400人。来年は学校の方は、250人ほど増え、塾も2カ所に出す予定です。当然7,000名の規模になります。高知市の人口が32万人でございますから、キリンビールのシェアーには負けるかもしれませんが、県下の優秀児という点では、半分以上を集めていると自負しております。

 学校はどんな学校かと申しますと、山が45,000坪ございます。そのうち、平地が13,000坪、他に道路とか造成した部分が6,000坪もございます。随分かかりました。現在までで41億円かかっております。」と語り出し、途中、塾の姿勢で学校教育をしてきたことを具体的に話し、予備校開校が飛躍の要因になったことを語りつぎ、「塾是でありますが、第一は『鉄は熱いうちに鍛えよ』と言っております。幼少時の勉強は一生身につくということです。次が『系統だった勉強の指導は学問の目を開き芽を育てる』。よい教員獲得による系統だった勉強の指導をやっています。三つ目は、『よい学校を選べ』―よい学校を選ぶことは、よい友だちを得る近道です。」と、この三つのことを塾是、スローガンとして掲げているのだと情熱的に語った。

 「塾が、今後、生き残る道は何か。―私は塾の姿勢にあると思います。

 塾というもの、学校というもの、予備校というもの、これは人間が人間を教えている教育機関なんです。そういう気持ちでおやりになり、研究も続けられる限り、私は、塾は絶対、消えていかないと思うんです。

 本当に、子どもたちのために、子どもたちと一緒になっておやりになるという方々がやっている限り、塾は安泰だと思うんです。

 不断の努力、教育という姿勢、単なる商売ではないという自負こそが大切だと考えています。皆さん方、いかがお考えでしょうか。」

 これが、福島清三先生の結びのことばである。

 この章では、いつもの中国古典のことばを省略せざるを得なかった。その分、次章では、複数のことばを紹介するとお約束する。

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