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壮心不已(そうしんふい)
ということばがある。

 このことばを説明するためには、『三国志』について基礎的なことを伝えておかなければならない。

 『三国志』は『史記(しき)』『漢書(かんじょ)』『後漢書(ごかんじょ)』に次ぐ4番目の正史である。後漢末から、魏(ぎ)、蜀(しょく)、呉(ご)の3国がてい立(3つの国が向かいあって対立すること)を経て、晋(しん)による統一までを記録している。

『魏書』30巻、『蜀書』15巻、『呉書』20巻の3部構成をとり、全65巻。3国の興亡を国別に記述している。

 実は『三国志』には2種類あって、一つは小説の『三国志演義』であり、もう一つは歴史書の『三国志』である。演義とは、物語とか小説という意味で、昔から『三国志』と言えば、『三国志演義』を指すものと相場が決まっていた。だから、日本でも中国でも、この演義の方が広く読まれてきた。

 しかしながら、現代の日本では、『三国志演義』ですら原典ではあまり読まれなくなった。『三国志』といっても年配(50代以上だろうか)の人が愛読したのは吉川英治氏の『三国志』であり、以後の年代ではもっぱら漫画の『三国志』に親しんだのであろう。どちらを読んだとしても、好きな登場人物はだいたい共通している。第1が諸葛孔明であり、2、3がなくて4番目あたりにやっと劉備(りゅうび)が出てくる。魏の曹操(そうそう)をあげる人は、まずいない。これはある意味で当然なのである。小説の『三国志』は、いずれも劉備、孔明を善玉、曹操を悪玉と、はっきり色分けして書いているからである。

 『三国志』では、それぞれの国のトップ魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権(そんけん)が生き残りをかけてくりひろげる角逐抗争が前半部分のハイライトであり、劉備没後、その子劉禅を補佐した諸葛孔明と、彼を迎え撃った司馬仲達の宿命のライバルの対決が後半部分の最大のヤマ場になっている。

 さて、先の曹操は悪玉の代表として描かれているために人気が低いと書いたが、その実像は無類の勉強好きで、詩人としても当代一流の人物であった。

 その詩の一節に「壮心不已」ということばがあるのである。「壮心、已ヤマズ」と読み、やらんかなの気概は失わないという意味である。

 学習塾の世界も厳しい時代を迎えたが「壮心不已」をこころして勝者たり得たいものである。

 なお、「已」という漢字であるが、ご存知のように「巳」と「己」と「已」は一見形は似ているが、読み方も意味も全く異なるのである。

上についている。
下についている。
中程についている。

 その昔、「漢文」というものを習い始めた頃、「ミは上に、オノレ、ツチノト、キ開通(7月)したりと、交コ下に、スデニ、ヤム、ノミ中程につく」としつこく暗誦させられたことを懐かしく思い出す。

 機会(と多くの紙幅)があれば、『三国志』のことは人間学の教材としてお伝えしたいと思う。様々なタイプの指導者が登場するために、指導者や管理職のあり方についての貴重な考察ができると思うからである。

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