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- VOL.25
- 1993年7月-12月
- 『業者テストの追放』
今回のハイライトは、「業者テストの追放」とその後のゆくえである。このことを1993年7月号から8、9、10、11、12月号まで特集として半年間にわたって追いかけたからである。
この問題は、昨92年10月に埼玉県教育委員会(竹内克好教育長)が県内の公立中学校に対して「業者テストの偏差値を私立校に渡してはならない」という指導をしたことが教育現場に大きな波紋を投げかけたことに端を発する。この波紋の大きさは、竹内発言の一カ月後に全国紙がいっせいに社説で取り上げていることでも分かる。『偏差値偏重の元凶を断て』(産経新聞11/13)、『偏差値入試をやめる好機だ』(毎日新聞11/15)、『偏差値頼みを打破するために』(読売新聞11/19)、『推薦入学に偏差値を使うな』(朝日新聞11/20)などと、「埼玉方式」の支持を表明。偏差値至上主義の放棄をを強く訴えている。
このように、マスコミは全面的に埼玉県教委、文部省(当時)の動きに対して賛意を示したが、今回の指導は、実は「偏差値廃止」に名を借りて「私学つぶし」「公立復権」をもくろんだものとする向きも少なくなかったのだが、さて、その辺のところを取材するために組んだのが、この半年の特集の意図なのだ。
7月号では、「『偏差値神話』は崩れるか、文部省の挑戦」という見出しで、トップダウンで偏差値追放を強行する文部省の様子を伝え、47都道府県テスト即時廃止で足並み ─やりきれない悔しさを抱えるテスト業者─ 生き残りに必死! 校外テストに社運をかける─ 活発化する塾主催の会場テスト─ 業者テスト追放で偏差値はなくなったのか、と取材を進めた。
8月号では、塾全協東日本ブロックを中心に、本来あるべき進路指導の姿を探り、学校外教育研究会が母親の会メンバーと意見交換をしたことの様子を取材し、会場テストに乗り出した各地の塾の様子を伝えた。
9月号では、「教育改革」に意欲をみせる文部省─高校入試改革にとまどう現場─「会場テスト」にも大きな変化 ─ さらにすすむ塾の結束と伝え、









