勤務環境、保護者、生徒、上司、大学生講師…。週休2日・福利厚生の充実が当たり前の世の中で、まだまだ決して労働環境が整っているとは言いがたい教育業界。
たしかに愚痴はたくさんあるけれど、でもやっぱりやめられない。
結局、子供が好きで、教えることが好きで、この仕事が好きだから。
愚痴の29
「好きだから学習塾やってるんです-3」
『学習塾独立から倒産まで!』
全国の学習塾で日々奮闘している講師のみなさん、お元気ですか?ぱぴぃでございます。
さて、今回も前回の「学習塾独立から倒産の話」続きです。
なお、今回のコラムをもって最終回とさせていただきます。つたない文章で書いた愚痴にもかかわらず、今まで目を凝らして読んでいただき、本当にありがとうございました。
なお現在、新たな展開を構想中です。新企画もぜひ宜しくお付き合い下さい。
第4章 旅立ち
社員間で毎日毎日悩む日が続いたときのこと。2006年5月に東京でセミナーがありました。そのときたまたま普段から懇意にしていただいているH先生とバッタリ会いました。
A氏のこともよく熟知している方なので、包み隠さず話をしたところ…。
「そんな大変なことが…。(;o;)。今来ている生徒のため、塾を守るのが大事ですので、塾を買い取ったらどうですか?資金的にきびしいならせめて高槻教室だけでも」
たしかに。それなら経営を立て直して今通っている生徒を卒業まで見ることができる!
そこから綿密な計画を立てました。流れはこうです。
ひとまず辞表を出す → 辞表を出してから退職までに買取りの打診をする → 並行して資金を集める
そこから社員を集め、今後の方向性について話しあいました。みんなすでにこの沈みかかった独裁会社に嫌気が指しているので基本的には旅立つ予定です。僕についてくれる先生、やめて公務員試験を受ける先生、学習塾とは違う畑に就職する先生、今年の生徒が卒業するまでは残る先生…
とにかく僕自身は6月30日退職予定でプランを進めていきます。A氏に退職希望と買取希望の旨を伝えます。買取額を提示されたため、資金集めに奔放します。タイムリミットは1ヶ月。
………
結果、銀行や国がいきなり貸してくれるわけでもなく、資金は集まりません。集めた金額を足しても提示額の半分にも満たない。まとまった資金がムリということでA氏(G氏)に分割を提案しましたが、受け付けてくれません。
「マンションの一室でも借りて、小さな塾つくるしかないかな…」
でもそうなったらついてきたいスタッフを雇うほどの売上はムリだな…。
全ての可能性がなくなり、途方にくれていた6月末。しかしここから大逆転が始まります。
第5章 大逆転
忘れもしない2006年6月27日。

買い取った場合に僕についてきてくれる予定のB先生が、「先生、今日誕生日でしょ。二人で居酒屋でも行って呑みませんか」と声をかけてくれました。
「そうやな…」と力なく返事をし、近くの居酒屋に行きました。すると…。
たまたま知り合いの方が一人で呑んでいました。
この方、もともとは生徒の保護者であり、地域の顔ともいうべき顔の広い方で、今までたくさんの生徒を紹介してくれた方です(以下、Iさんとします)。この年の4月に初めて選挙に出馬して当選し、現在では市会議員をしておられます。
議員1期目ということもあり、当選から今日まで毎日休みなく働き、たまたま今日、初めて自由な時間ができたために一人で呑んでいたとのこと。
「先生、久しぶりですね~。塾は相変わらず順調ですか?」
「いや、実はトンデモナイことになっていまして…。実はかくかくしかじかで…」と一部始終説明しました。
すると、Iさん。「ナニー!それは許せん!!!わかった。今からすぐに地域のいろんな人に声をかけてなんとか塾を作れるようにしてあげるわ!!!」と。
さて、それから2日後。Iさんは高槻にテナントをたくさん持っている知人Jさんを紹介してくれました。Jさんの勧めてくれた物件は角地にあり、見晴らしは最高!しかももともと学習塾であり、いわゆる「居抜き」。つまり備品はすでにある程度揃っています。さらには事情を察して保証金も大幅に負けてくれました。さらには別の知人が他の備品を手配してくれましたし、テナントのオーナーが保険代行業者や看板業者などなどを紹介してくれました。
気づいてみると4日後には塾が完成していました。しかも持っている資金だけで。せっかちな僕もこのスピードにはついていけず、改めてヒトノチカラを実感しました。ちなみに後でスタッフや生徒の一部も流れてきてくれました。
こうしてできたのが、今の「どっしり指導のテンピース」です。僕はついてきてくれたB先生にいいました。「俺の運の強さにびっくりやで!」
第6章 最後に

あれから3年。テンピースは内部充実に重点を置き、ムリな勧誘をせず、地道にやってきました。おかげさまで経営は超低空飛行ながらなんとかやってこれています。前の塾は倒産し、A氏とは音信不通になってしまいましたが、今となっては遺恨は全くありません。仲間意識の強い会社ではありましたが、それでもトップは得てして孤独です。彼の気持ちもわからなくはありません。力のある彼のこと。きっとまた別の世界で活躍していることだと思います。
そしてまた、ついてきてくれた社員、講師、生徒、応援してくれている保護者、地域の方、業者の方には感謝でいっぱいです。
今回の一連の事件を経て、ヒトノチカラの偉大さを身にしみて感じます。また、最後まで諦めない本気のヒトにのみ、ヒトノチカラが得られることも学びました。実は「テンピース」の言葉の意味は、「1ピース(=1人)では絵にならないけれど、10ピース(=10人)集まれば絵になる。」というところから来ています。
僕自身は本当にヒトに恵まれていることを実感していますし、よく、「俺の周りって、いいヒトばっかりやで~」と自慢しています。たしかにこじんまりした個人塾だし、広告もほとんどだしません。当然、経営的にも労働条件的にもそれほどよくありません。が、これでいいんです。
だって、この仕事を好きでやっていますから。


- 本名:中平徹也(なかひらてつや)。
現、個別指導予備校10Ps(テンピース)代表兼大学・予備校講師。
京大農学部からバーテンダーを経て、教育業界に。
常に複数の団体に所属しているため、大学、予備校、小・中学集団授業、個別指導、衛星授業管理など、さまざまな指導形態を経験。指導教科は物理・数学・地学など。
趣味はダーツ、海外旅行。
特技はマジックと4ヶ国語話せること。
座右の銘は「人生愉しく」








