都立中・高校合格者のシェアを最大にして、日本一の私塾へ。
公立中高一貫校が急増し、不景気もともなって塾業界が変革を迎えた4年ほど前。いち早く公立校対策をはじめ、経営者の手腕を発揮してきた河端真一社長。その柔軟かつ大胆な戦略と今後のビジョンについてうかがった。
私立から公立へ、勇気ある決断。
──いち早く公立中高一貫校対策をはじめられ、今やその市場においてはナンバーワンです。
「我が社は、『日本一の私塾』を目指しています。日本一ということは『東京一の私塾』、東京一ということは都立中と都立高の合格者のシェアを最大にまで高めることなんですね。
中高一貫校というと、一般的には私立と受け止められますが、私立中は都内に188校あって、受験者数は約2万5千人。一部の有名校以外は定員割れのところもあり、著しく地盤沈下しているのが現状です。一方、都立中は11校あって、1600人の定員に対して約1万人が受検します。7人に1人しか受からない難関なんですね。ということは、6人は不合格になる。この生徒たちもしっかり集めきって、3年後の高校受験でも抜群の合格率を収めたいと思っています」
──次は都立高校の合格実績ナンバーワンを目指していこうということですね。
「そうです。中学受験で泣きを見た生徒は、高校受験、それも都立の一番手二番手の高校に合格する最も有望な生徒ですから、すでにenaには受験に合格する生徒が確実にいると自負しています。我々が中高一貫校対策を始めたのは4年前。都立中を志願する小学4・5年生を入口として、その子たちが都立高校を受験するのは5年後以降になりますから、そろそろ結果として表れるタイミングですね」
──学究社さんが公立に切り替えた理由はなんでしょう。
「我々も以前は、早稲アカさんや栄光さん、市進さんのように、麻布や開成や武蔵、早慶といった私立の上位校ばかりを狙っていました。授業料を月額6~7万円いただいて。でも、学費が年間約100万円かかる私立中は、一般的な子どもはなかなか行きにくいですよね。だから、公立校というボリュームゾーンに焦点を合わせて、授業料も2万円にしたんです。
さらに、校舎の立地もターミナル主義から、各駅停車主義に変えました。我々自身が遠くのスーパーより近くのコンビニで買い物をするわけですから、やっぱり塾の方から出向いていかないとダメなんです。利用者にとって通いやすい場所、通いやすい価格。そういう利用者の負担にも経営者は目を向けるべきですね」
──当時の社内の反応はいかがでしたか。
「それはもう大反対でしたよ。それまではみんな算国理社を教えていたのに、適性検査がメインになって自分が培った技術がゼロになってしまうわけですから。授業料にしても、失敗したときのことを考えたら、そこまでのリスクは背負えないですよね。創業経営者だからこそ、思い切った決断ができたんだと思います」
グローバル教育には慎重さが必要。
──看護医療系、芸大・美大の受験部門を設けたのは。
「我々は、教育という子どもたちの未来についての仕事をしています。中学から高校へ行って、大学に進むというのは主流ではあるけれど、看護師の道や、芸術家の道もあるわけです。あらゆる可能性に応え、間口を広げていかなければなりません。同時に、それらは全部、我々にとっても未来に対する種まきでもあるんですね」
──他の〝種まき〟として留学など海外での校舎展開は。
「私は英語の教師としてずっとやってきましたが、英会話や留学を勧めるのは難しいと思います。日本人はなぜ英語ができないかというと、日本で生きていくのに英語は必要ないから。日本語しかしゃべれなくて苦労することはないからなんですね。つまり日本で生きる限り英語が必要ないから、学ぶことも必要ないのです。
もちろん、社会には英語ができる人はある程度必要です。でも、昔にくらべて今は帰国子女が圧倒的に多いから、必要な数は帰国子女で充足しています。将来、そのポジションに就こうと思ったら帰国子女を超えないといけない。それは難しいですよね」
──海外に住む日本人、現地の子どもたちに門戸を開くことは。
「欧米では日本人も、日本人学校も数が減っています。その代わりベトナムやタイといったアジアは増えています。だから、ほんとうはアジアへ出て行かなくてはならないのですが、その国で会社を立ち上げて、法的な要件を満たして営業許可を得るとなるとコスト的に合わないんですね。
現地の子どもたちを教えるというのもまだ難しいですね。アジアには塾はほとんどありませんから、現地の方に説明をして理解していただくまでには時間がかかります。それだけ時間を費やしても生徒が集まらない可能性もあります」
第1四半期決算では私塾界一の伸び、さらなる売上に期待。
──第1四半期(2013年4月1日~6月30日)の決算では売上は6・1%増、経常損失は209百万円でしたが。
「売上は、実は小中学生部門だけでみると15・1~2%増なんです。その他の部門が停滞したために総合的に6・1%増という結果になりました。
利益は、昨年に比べて1億円減っていますが、この原因ははっきりしていて、『パースペクティブ』という新しいオリジナル教材をつくったからなんです。都立中の適性検査対策に特化した、それはもう絶対的なテキスト。それもフルカラーでつくりましたので予想外のお金がかかった。中間決算からは予定通りの数字になっていくと思います」
──中長期的な売上目標などはありますか。
「はっきりしたものはありませんが、将来的にも楽観しています。毎年30教室くらい新校舎を出してきて、生徒数も増えています。それらが安定軌道に乗るには5年くらいかかるわけですから、今はまだ本来上がる売上まで上がっていない。このペースで行けば、全く心配することはないですね。
ただ、今期の新校舎は20教室くらいに減らす可能性はあります。生徒が集まりすぎていて、既存教室を増床、社員を増員しなければならなくなっていますので。嬉しい悲鳴ですね」
──売上に対する広告比率を教えてください。
「広告費について私はよく知らないんです。世間では『塾業界は競争の時代』と言われていますが、我が社は毎年合格者も増え、売上も増えていますから、競争が厳しいなんて全然思っていません。むしろ、乱立・競合・競争という流れで考えると、乱立の状態なんですね。そういう段階にあるときは、経費削減とか、広告費が何%とか考えてちゃいけない。どんどん攻めていけばいいと思います」
──ウェブの広告効果はどうみていらっしゃいますか。
「ウェブは、生徒募集をするということでは、とても大事だと思います。例えば、家や車など高額なものを買うとき、ウェブでよく調べて買うでしょ。ところが、塾は高額商品にもかかわらず、パンフレットしかないから調べようがない。調べようというニーズに対して応えるためにも、ウェブを使って情報をセグメントしていかなければならないと思います。
人材募集については、フェイスブックでも柔軟に対応しています。塾は人が大事。とりわけ新卒というのは生徒と年令も近いので決定的に重要な要素です。まずは、どれだけたくさんの学生にリーチできるかがポイントですからね。今年、我が社では、社員の1割以上にあたる46人の新卒を採用しました。大変たくさんの応募があったのですが、彼らに聞くと転勤がない、あったとしてもほとんど都内ですから引っ越す必要がない、というのも我が社のメリットのようです」
『月刊私塾界』2013年10月号掲載