2014年1月29日の塾株

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著名人に聞く|能楽師 安田 登 氏

ものを真似て生み出した重層的な日本文化。それを伝承していくのが私の役目。

能楽師・安田登氏は、国内外の舞台でワキを演じる傍ら、東京の寺で月に2回、日本文化の素晴らしさを伝承するために、謡曲と論語を中心とした寺子屋を開く。能も論語も時代を超えて、日本人に愛され続ける理由は何か? そのキーワードには「心」があった。

01_shijyukukai能は今から約650年前の室町時代に、観阿弥・世阿弥父子によって大成され、今に受け継がれている芸能です。こんなに長い間、一度も途絶えることなく受け継がれている芸能は、世界をみても稀といわれていますが、今の時代は、日本人でも能について知らない人も多いことでしょう。
能の主な登場人物は、面をつけて舞台で謡い、舞う主人公のシテと、シテと会話をし、シテの話を引き出すものの、シテが語り始めると、舞台の脇でひたすら話を聞くワキの二人。物語の多くは、旅人であるワキが、ある「ところ」へ行くと、ひとりの女性(または老人)の姿をしたシテに出会うことから始まります。二人は初め、その土地の話などをしますが、途中から話は深刻なものへとなっていき、どうもその女性はこの世の人ではないことに旅人は気づきます。すると、女性は、自分の正体をほのめかしつつ、どこかへ消えてしまいます。ここまでが前半で、後半になると、先ほどの女性が本来の姿に変貌し、昔、その「ところ」であった出来事の悲しみや憎しみといった無念の思いを謡い、舞うというのが、能の典型的な展開です。

ワキの役目はシテの思いを全身全霊を込めて聞くこと。

能には多くの演目がありますが、シテを演じるのは、シテ方という流派に属する人たちで、その人たちは一生シテを演じ、ワキを演じるワキ方に属する人たちは、一生ワキを演じます。私が能の世界に入ったのは、27歳の時。それまでは、教員をしたり、漢和辞典を作ったりしていましたが、20代半ばに初めて観た能で、のちに私の師匠となるワキの独特な声に、衝撃を受けたのがきかっけです。 ワキは、主役のシテと比べると影が薄く、その名のイメージから"脇役"と思われがちですが、それほど単純なものではありません。ワキとは、本来、「横(の部分)」を指し、例えば着物なら、脇の縫い目の部分をいいます。これは、その場所(ワキ)が着物の前の部分と後ろの部分を「分ける」ところであることを表しています。つまり、ワキには「分ける」という役割があります。
能におけるワキの役目は、シテの心を分ける=整理してあげること。物語では、二人が出会う「ところ」に、思いを残して去ったシテが、その残恨の思いを誰かに聞いてもらいたい、すなわち思いを晴らしたいがために現れます。ところが、こうした思いは、本人ですらうまく整理ができず、心はぐちゃぐちゃの状態です。それをワキが聞き出し、シテが語り始めたら、あとは舞台の脇に座り、全身全霊を込めてただひたすら話を聞くだけなのです。このただ聞いてくれる存在は、現在でいえばカウンセリングに近いかもしれませんね。
教育の場においても、ただひたすら聞くということは、とても大事だと思います。例えば、自由奔放に過ごしていた小学生から、中学生・高校生へと成長していく時期。子どもたちは、着たくもない制服を着たり、本当は騒ぎたいのに騒げなかったりと何かしらの抑圧を感じていることでしょう。その不満や不安な感情がときどき顔を出す時、大人は子どもの話を聞こうとしますが、その時の聞く姿勢が、興味本位だったり、上から目線であったりすれば、子どもは語る気にもなれないでしょう。でも、ただひたすら聞くという姿勢であれば、子どもの心は安心し、自ら語ることで自分の気持ちを整理することができるのです。

人は〝心〟を得たことで不安や後悔を知った。

01_shijyukukai_03能では「心」を扱いません。能で扱うのは表層の「心」の奥にある「思い」です。しかし、私たちはふだん「心」に振り回されています。人が「心」を持つようになったのは、いつ頃からだと思いますか?「心」を持つ?「心」なんて初めからあるに決まっているじゃないかと思うかもしれませんが、実は、人が「心」という新興概念持つようになったのは、それほど古くはなく、約3000年前と考えられています。では、それまで人はどういう生き方をしていたかといえば、ただ自分の運命を受け入れ、その日その日を過ごすだけの生活を送っていました。
今、私は能楽師として、国内外の舞台に立つ傍ら、東京都渋谷区にある東江寺というお寺で、ご住職と一緒に月に2回ほど寺子屋を開いています。ここで私は、日本文化を形成するものとして、日本古典の能と漢籍の『論語』を中心にお話をさせていただいています。
論語は言わずと知れた儒教の経典ですが、その教えを唱えた孔子が活躍した時代から、さらに500年から700年もの間、弟子の口から弟子の口へと伝えられた教えを、漢の時代に編んだ書物です。その中身は、大きく見ると、自分の心との向き合い方について書かれていますが、実は、「心」という漢字は、孔子が活躍するほんの500年前まではこの世に存在しませんでした。では、それまでは、人に心はなかったのでしょうか? 多分、心はあったのでしょうが、それを意識することがなかったのです。
人は心を手に入れたことで、今を過ごすだけの生活から、過去を振り返り、未来を変える生活ができるようになりました。しかし、それと引き替え、心がなければ感じずに済んだ不安や後悔といった感情も味わうことになります。論語は、そうした感情とどう向き合っていけばよいか分からない人々に、心の使い方を指南した「心のマニュアル」だったのではないか、と私は思います。

あらゆる文化を受け入れ重層的に変化させる日本人。

01_shijyukukai_2今、教育の現場では、改めて論語が注目されています。能は650年も続いている奇跡の芸能といわれていますが、論語はそれをさらに上回る2000年もの間、読み続けられている、まさに活きている古典です。この2つは、古くから伝えられているという共通点のほかに、もうひとつ共通していることがあります。それは、一見つまらないものなのに、無意識のうちに心の深いところに響くという点です。
よく、能を観ると眠くなるといわれます。能を知らない人は、言っていることが分からないから眠くなると思っているようですが、実は能に詳しい人でも眠ってしまいます。能が眠りを誘う本当の理由は、そのゆっくりとした謡が、観客の呼吸に伝染してしまうからで、体ではなく身で反応しているからなのです。観客は舞台の物語を観ながら、いつの間にか自分の心の中へと入ってしまうのです。論語もそれと同じで、読む人によってそのとらえ方はさまざまで、その人にとっての心の指南書として読み継がれています。
そもそも能も論語も、口伝えで伝承されてきた文化です。ですから、その時代の背景が少なからず影響しているに違いありません。だからこそ、いつの時代でも人々の心に響くことができたのです。
ナチスによるユダヤ人大虐殺の証言を集めた『ショアー』という映画の中で、「ユダヤ人とは聖書を読む民である」という表現がありました。では、日本人が仮に国を亡くした時、私たちは何を持って日本人といえるのでしょうか? よく日本文化は重層的であるといわれます。仏教という強固な論理性を持った宗教が入ってくれば、その以前の宗教である神道は、通常であれば滅びていくものです。ところが、日本人は神道という層に重ねて、仏教という層を置き、神道を排除することなく独自の文化を作っていきました。宗教のみならず、文学や建築、料理や服装もそう。つまりあらゆる文化を残したまま、日本風に変えていくのが得意な民なのです。
そんな日本人の特質こそを、私は後世に残していきたい。そう思い、始めたのが寺子屋だったのです。

学ぶとは、体を使ってものの本質を真似ること。

寺子屋では、その日に伝えたいテーマはある程度決めてはおくものの、私一人が話すのではなく、参加者の方にも一緒になって考えていただき、みんなで何かを創り出す場にしています。そういう意味では、ライブと同じ感覚ですね。学びの中心は、論語や古事記といった古典ですが、講座に入る前には、ご住職とともに般若心経などを読経しますし、ミサ曲の「キリエ」を歌うこともあります。ここでは、机に向かって勉強をするのではなく、体を使った学びをします。
「学」という漢字は、古い文字で書くと、師が両手を使って、学校のようなところで、師弟に手取り足取り何かを教える姿をしています。これは、五感を使ってフルに何かを真似ること、すなわち体を使った学びをいいます。日本人が古くから身に付けてきたのは、ものの本質のみを真似る「もの真似」であり、うわべだけを真似る「猿真似」とは異なります。さまざまなものを重層的に真似てきた日本の文化は、一朝一夕にできるものではありません。だからこそ価値があるのです。ですから、私もゆっくり時間をかけてその素晴らしさを伝えていきたいと思っています。

プロフィール

安田 登 (やすだ・のぼる)
01_yasuda_noboru1956年生まれ。大学時に中国古代哲学を専攻。能楽師、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)。能楽師として国内外で舞台をつとめるほか、小学校から大学院までの各学校や市民講座で、能の身体技法をテーマにしたワークショップを開催。また、月に2回、東京都渋谷区広尾にある東江寺で、論語と謡曲を中心とした寺子屋を開いている。著書に『身体感覚で「論語」を読みなおす。」(春秋社)、『異界を旅する能 ワキという存在』(ちくま書房)など多数あり。

「教育ICT 授業変える」学研、大阪市に協力、タブレットを利用

学研ホールディングスは、タブレット導入に積極的な大阪市に協力し、理科や社会の授業に使うデジタル図鑑などの開発を加速。デジタル教材は従来の紙の教材の文字や図による説明に加え、動画なども使って児童・生徒の理解を助けることができる。個々の履修データなどを蓄積して分析することが可能になるため、教師が児童・生徒の理解度や成果をきめ細かく把握して個人に合った指導ができるようになる。教科書の電子化などをICT活用した教育が今後普及するとみられ、大阪を足場に全国展開をめざす。

メガネスーパー「受験メガネ」を発売

大手メガネチェーンのメガネスーパーは全国の受験生に向けて「受験メガネ」を販売する。「受験メガネ」は眼に負担をかけないフレーム&レンズ&特殊ストッパーの3点セットで構成されており、すべらない超軽量フレーム、黒板も参考書もよく見えるメカラレンズ、目とレンズの距離を保つストッパーを使用している。

1000セット限定で合格祈願・宝来宝来神社御札付となっており、税抜価格で27,010円。合格すれば(合格がわかるもの 通知・学生証)メガネフレームが50%OFFになりコンタクトレンズ1箱プレゼント(2箱以上購入で)も行っている。

 

大阪市立の特別支援10校、府に移管へ

大阪都への移行をめざす橋下徹大阪市長は1月20日、松井一郎府知事と会談し、市立特別支援学校全10校を来年4月に大阪府へ移管する方針で合意。また23校ある市立高校に関しては、まず枚方市にある大阪市立高校のみを、他校に先行して同時期に移管する方針。橋下氏はこれまで来年4月の実現をめざす都構想に合わせ、市立の特別支援学校、高校全校を府に移管する考えを示していた。だが、市議会から強い反発を受けて再検討。大阪市立高校は生徒約人に占め950る大阪市民の割合が約15%と比較的少ないため、移管を先行させることにした。

2014年1月28日の塾株


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理系人材、産学で育成 12大学、8企業に2000人派遣

東京大、京都大、東京工業、千葉、大阪、北海道、東北、筑波、神戸、九州、慶応義塾、早稲田の12大学と三菱電機、東レ、三菱重工業、パナソニック、日立造船、村田製作所、ダイキン工業、DMG森精機の8企業は1月22日、一般社団法人「産学協働イノベーション人材育成コンソーシアム」を立ち上げる。2万人の大学院生を対象にデータベースをつくり、3年間で計2000人を企業に派遣。専門分野の垣根を越えた人材を企業で育成し、日本の技術革新の力を底上げする狙い。実質的な採用の道にもなり、理系院生の就職のあり方も多様化する公算が大きい。

かんぽ新学資保険 認可 政府方針

政府は日本郵政傘下のかんぽ生命保険が申請している新しい学資保険の販売を認める方針を固めた。2012年秋に発覚した保険金の支払い漏れ対策が整い、かんぽ生命は新学期が始まる4月にも販売を始める。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に絡む焦点の1つが決着する。改正郵政民営化法が12年に成立して以降、金融分野の新商品認可が出るのは初めて。金融庁と総務省が月内にも認可する見通し。かんぽ生命は2月にまとめる中期経営計画に、収益向上策の柱として新学資保険の販売を盛り込む。

芝工大 上尾市の住宅団地に研究拠点

芝浦工業大学は埼玉県上尾市にある都市再生機構(UR)の賃貸住宅「原市団地」に研究拠点を開設した。自治体やUR、地域住民と連携し、高齢化が進む地域の課題解決策を研究する場に使う。空き店舗を活用する「サテライトラボ上尾」は広さが56平方メートル。同大学システム理工学部環境システム学科で3年程度、研究活動の拠点とする予定だ。原市団地は総戸数が約1600戸。1966年に入居が始まり、高齢の住民も多い。

2014年1月27日の塾株


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