Category: 月刊私塾界本誌

スマイルアシスト(栃木県)塾と親が手を取り合って みんなで育てる、心の〝共育〟を|疾風の如く|2016年2月号

人とは少し違う道を歩いてきた。
だからこそ、見えることもある。
勉強だけできても人は育たない。
心を育てて、人を育てる――
元・キャリア自衛官が抱いた
教育の理想とその挑戦。

スマイルアシスト(栃木県)

塾長 黒木 久美子さん

女子大生は、キャリア自衛官へ

黒木 久美子さん

「えっ、本当にウチでいいの!?」。採用担当者は、立場も忘れてそう尋ねた。それも無理はないだろう。その就活生は、なんとキリスト教系女子大の学生。同窓生の多くが銀行員や保育士として就職するなか、ここ・防衛省の門を叩いていた。しかも、各都道府県でたった一人しか採用されないと言われる裁判所勤務の内定を蹴って。まさに異色中の異色と言っていいだろう。
もちろん、防衛省だってエリートコースだが、いわゆるキャリア自衛官の道だ。精神的・体力的にも厳しく、男社会。職責も特殊である。
しかし、本人に迷いはない。当時はPKO活動が話題になりはじめたころで、「人を助けて、しかもそれが仕事になるなんて素晴らしい」と思っていた。自分の信念にまっすぐで、自他共に認める負けず嫌い。黒木久美子とはそういう女性であり、だからこそいま、塾をやっている。

教育を思うからこそ、教育から離れよう

実はもともと、教育への関心は強かった黒木。大学では教育実習も経験、生徒から慕われる人気の先生だった。「ああ、先生の仕事っていいな」。素直に、そう思ったという。
しかし、だからこそ彼女は教員の道へ進むのをやめた。「たかだか二〇年そこそこしか生きていない小娘が『先生』なんて呼ばれ、こんな狭い経験と視野で子供に何を伝えられるのか」と、採用試験を目の前に踵を返した。「一度、一般社会で揉まれ、それでも先生になりたいと思えたら挑戦しよう」と考えたのだ。
防衛省では暗号部隊へ。「相当やられましたね」と彼女は笑うが、そこは、予想通り厳しい世界だった。自衛官にとって〝現場〟とは戦地であり、自分一人のミスで部隊が全滅することもある。ここで仲間を思いやり、大事にする価値観を徹底的に鍛えられた。同時に上官として「人を育てる」ことの楽しさも再認識していた。
その後は順調なキャリアパスを重ねながらやがて結婚し、娘も産まれたが、それが転機に。女性が子育てしながら自衛官を務めるのは職務上かなり難しく、駐屯地内に保育所機能を持たせる意見具申をするなど奔走したが、物理的な壁もあり難しかった。
結果、ここでも彼女らしさを発揮する。次のあてもないまま退省したのだ。当然、周りは全力で慰留した。「なぜ安定を捨てるのか」「このままいけば勝ち組なのに」と。しかし彼女にとって、家族をないがしろにして得る将来など、決して勝ち組とは呼べなかったのだ。

個性心理学を活かし『三位一体』の塾を

笑顔が印象的な黒木さんだが、生徒と向き合うときは真剣そのもの

退省後は、地元・福島の有名企業へ。しかしそこは完全な個人主義の会社で、人材を育てようとしない。「隣のデスクにいるのは、仲間ではなく敵」というありさまで、勉強だけできて一流企業に入ってもこれでは…… という思いを強くした。
それが反面教師になったのか、学生時代のあの想いが頭をもたげる。「やっぱり、教育をやりたい。人を育てる塾を創りたい!」。
そうして着々と起業準備を進めるさなかだった。〝あの日〟が訪れたのは。―― 3・11。自宅は半壊、原発の不安もあった。開業どころか、生活もままならない状況に意を決し、娘を連れ栃木へと移住、そこで晴れて塾を開いた。
これまでの経験から、胸にあった想いは一つ。「まずは子供の自尊心を育てたい」。だが当初は、それがなかなか理解してもらえない。保護者が求めるのは「とにかく成績さえ上がればいい」ばかりで、まずはここを変えねばならなかった。
そこで個性心理学を学び、その子の個性や才能に即して指導を使い分ける手法を取り入れた。さらに親をも巻き込み、親身に相談に乗りながら協力して子供らを育てる『三位一体』『親子共学』の教育も実践。実は親自身も、子育てに多くの悩みを抱えていたのだ。その取り組みはみるみる地域に浸透し、いまや押しも押されもせぬ人気塾だ。
「うちから世界に羽ばたく子を育てたいんです」(黒木)と理想は高い。自らが異色のキャリアを歩んできたからこそ、伝えられることがきっとある。(敬称略)文/松見敬彦

黒木 久美子 KUMIKO KUROKI

福島市出身。防衛省・民間企業を経て、震災後は栃木県小山市に移住。一度は福島での開業を諦めた学習塾を立ち上げ、「教育を通して世界中の子どもたちを笑顔にする」という志を基に、その子の個性を明らかにすることで才能を伸ばす教育を実践中。また、母子のストレス軽減・学習環境改善に取り組む「個育てマム」を主宰するほか、DAREDEMO HERO日本支部関東統括長として、フィリピンの貧困層の子供たちの教育支援、小山市の国際交流会おいふぁの理事も務める。

●WEBサイト
http://www.smile-assist.net/

WinStar個別ONE(兵庫県)塾に携わる者だからこそ、あえて。 目指したのは「塾のない社会」|疾風の如く|2016年1月号

どこを向いて仕事をしている?
 誰のため、何のために塾で働く?
 忘れてしまっていないか子供のための教育を自分が楽しみながら働くという当たり前のことを

WinStar個別ONE(兵庫県)

代表 北浦 壮さん

WinStar個別ONE 北浦 壮氏

塾は趣味でやりたい

戦火に散った戦場カメラマン・ロバート=キャパは言った。「私の一番の願いは、失業することだ」。世界に平和が訪れ、戦場カメラマンという仕事が必要ない社会の実現を願った言葉である。
 思えば、すべての仕事はそんな悲しい皮肉をはらんでいると言っていい。塾だってそうだ。子供たちの学力向上が塾の第一義だとすれば、塾を必要としない世の中にするのが、塾人が目指す最終目的地なのかもしれない。まあ、頭では理解しても、心からそう思うのはたやすくないが。
 しかし、北浦壮(三六)は違った。はばからずそれを口にする。「子供たちが塾なんて行かずに済むようするのが最終目標です」。同時に「塾は趣味でやりたい」とも言い切る。誤解を受けそうな言葉だが、もちろん塾という仕事を舐めているわけではない。そこにこそ、北浦が塾をやる理由、目指した理想があった。

心臓病の少年との出会い

いわゆる〝夜の街〟でアルバイトをしながら、二六歳まで司法浪人を続けたが挫折。それが周囲の笑い物になっているような気がして、いたたまれず故郷を逃げ出し、縁もゆかりもない地で大手進学塾に就職した。「僕は基本的に、逃げてばかりのダメ人間なんですよ」と笑うが、そんな自然体も彼の魅力だ。
 塾を選んだのは、かつて「教育で人は変わる」喜びを経験していたからだ。高一のころ、近所のとある小学生の家庭教師を頼まれたのだが、その子は心臓病を患っており、気も弱く、二〇歳まで生きられないとも言われていた。ふさぎこみがちな我が子を心配した母親が、「せめて話し相手に……」と北浦を引き合わせたのだ。
 勉強もそれなりに教えたが、くだらない日常のこと、女の子のこと、ちょっと悪い遊びのこと……まともな学校や塾なら大問題になりそうな話題もたくさん語りあった。それはお世辞にも上品な「教育」ではなかったが、血の通った真実がたくさんあった。「臭いものに蓋をしない」――それこそ北浦の教育であり、その姿勢は塾を開いた今も変わらない。やがて少年は奇跡的に回復し、明るく元気になったうえ社会復帰も遂げ、今でも友達のような存在だという。そこに北浦は「人を育てる」という教育の純粋な楽しさを見出したのだ。

売上を追い求めない塾を作りたい

しかし、最初に就職した塾は、いわゆる軍隊式で売り上げ至上主義。自身は常にトップクラスの成果を出してはいたものの、違和感をぬぐえなかった。後に転職した塾もそれは同じで、どこか社員たちが、生徒でなく会社のほうを向いて仕事をしているように感じたのだ。子供たちには「生きる力」だ、「夢を持て」だと言いながら、当の先生たちが仕事、ひいては人生を楽しんでいるようには到底見えなかった。
「この人たちは、誰のため、何のために塾で働いているんだ?」。そう思ったとき、独立するのは自明の理だったと言えよう。

夏のキャンプにて。その笑顔から、いかに子供たちと一体になって楽しんでいるかよく分かる

そこで、開業するに当たって重視したのは「自分も子供も」笑いあえる塾。営利に走らない塾。教育が売上追求の犠牲にならないよう、事業を多角展開し、利益の多くはそこで出そうと考えたのだ。北浦自身が塾を「楽しめる」こととは、自分の利益に惑わされず、純粋に子供たちの利益を追求できることであり、「塾は趣味でやりたい」という言葉の真意もここにある。
 だから、今でもチラシはほとんど打たないし、無理な入塾も迫らない。塾生の成績が上昇してきたら、平気で(もっとハイレベルな)他塾への転塾を勧める。不思議なもので、そうすればするほど生徒は増えたし、生徒たちの成績も上がった。塾生同士も結束が強く、小学生から浪人生まで、まるで家族のような関係性だという。個別指導塾では珍しいことだ。
「塾というより、教育を通じた地域サロンのような場にしたい」と北浦。もしかしたらそれは、彼の目指した「塾のない社会」の第一歩、あるいは進化した塾の形なのかもしれない。(敬称略)

文/松見敬彦

北浦 壮 TAKESHI KITAURA

1979年生まれ、大阪府出身。塾が過剰な営利主義に走ることを疑問視し、理想を求めて独立開業。「自分(講師や社員)が幸せでないのに、他人(生徒)を幸せにはできない」という理念のもと、塾の社会的地位向上を目指す。そのため、各教室長がプロとして独立した裁量権を持って教室運営するスタイルを取る。気さくな人柄で「僕みたいな人間でも、楽しいことを追求して生きていけるんだと子供らに伝えたい」と語る。
●WEBサイト
http://www.win-star.jp/
●ブログ
http://ameblo.jp/hoshitea/

麹町学園女子中学校・高等学校|挑む私学|月刊私塾界2016年2月号掲載

昨年、創立110周年を迎えた麴町学園女子中学校高等学校。伝統ある同校だが、ここ数年は教育改革に関する大きなトピックスが聞こえてこなかった。
 しかし、今、財団法人実用英語推進機構代表理事であり、「英語教育の在り方に関する有識者会議」の委員も務める安河内哲也氏を特別顧問に招き、まさに大改革がおこなわれている。
 そこで今回は、英語教育改革を中心に、次代を見据えた進化に挑む同校にフォーカスしたい。

麹町学園女子中学校・高等学校

校長 山本 三郎氏
特別顧問 安河内 哲也氏

麹町学園の校舎

麹町学園の校舎

「みらい型学力」

グローバル社会、情報化社会、そして大学入試改革に対応するためにこれから求められる力を、麴町学園女子中学校高等学校では総称して「みらい型学力」と呼んでいる。
 その内容の一つは、「思考型授業」。講義型と思考型の学習を組み合わせた指導法を展開し、身につけた知識をもとに生徒間でディスカッションを行いながら理解を深めるために、各教科でアクティブラーニングを行う。

16代校長の山本三郎氏

16代校長の山本三郎氏

二つ目は、「みらい科」だ。これは、同校が独自に実施している進路教育プログラムだ。課題対応力や人間関係形成能力を感得できる「みらい論文」、「クリティカルシンキング授業」、自己理解、自己管理能力を醸成するための「レジリエンス教育」など多岐に渡っている。

みらい型学力のイメージ

みらい型学力のイメージ

三つ目は、「グローバルプログラム」である。同校では、中学2年生時には、全員参加のアイルランドへの海外研修旅行を用意している。また、中学3年生のGA・SAプレコースでは、3学期時にニュージーランドへの3ヶ月留学も用意し、英語を使うことから異文化理解、多様な人々との協働を通して学びを深めていく。
 もちろん、希望者には短期・長期を問わず海外留学の門戸を開いている。
 昨年16代校長として着任した山本三郎氏は、これらを掲げて学校改革に着手。さらに、英語科特別顧問に安河内哲也氏を招き、英語教育改革「アクティブイングリッシュ」を新たな柱に据えている。

「アクティブイングリッシュ」
英語科特別顧問の安河内哲也氏

英語科特別顧問として安河内哲也氏を昨年10月に迎えた。

昨年10月より特別顧問に就任した安河内氏と英語科でミーティングを重ね、共働して着々と改革を進めている。
 例えば、英語科の10の約束である。その内容は、
1・授業では最新のテクノロジーをフル活用します。
2・授業の半分以上は生徒の言語活動に当てます。
3・すべての教員は音声を重視した指導します。
4・頭を使わない丸写しのような作業はやらせません。
5・教師も積極的に英語を話します。
6・無計画な宿題は出しません。
7・英語の授業では全文訳は書かせません。
8・決められた教材を中心に反復を重視します。
9・ネイティヴの音声を多く使います。
10・英語が楽しくなる工夫を授業に盛り込みます。
となっている。
 これを公約し、実行に移すのは相当覚悟のいることだろう。
 しかし、これらを実行するために、「英語は音声教育の徹底」、「ICTのフル活用」、「チームティーチング」、「アクティブラーニング」、「モチベーションを上げる体験」の5つの柱を中心に据え、4技能を磨き、使える英語を身につける取り組みを強化していく。
 具体的な変化としては、2016年度の新中学1年生からは、これまでおこなってきた朝読書に加えて、毎朝10分の英語の音声活動を開始する。これは全国的にも類を見ない新しい取り組みだ。

i LoungeでのChristmas

2015年9月に新設したi Loungeで安河内哲也氏。

もちろん、他学年の在校生に対しても同様に、導入準備を始めている。さらに、ユニークな試みとして英語の歌による合唱コンクールも計画されている。
 ICTの活用については、全教室にプロジェクターとスクリーンが設置された。その使い方を生徒にもレクチャーし、朝の音声活動などを生徒が中心になり運営していく。さらに、無線LANも全教室に備え、海外の大学の講義をネット閲覧できるようにすることも検討している。
 また、チームティーチングを導入することにより、教員間で教材の共有化やメソッドの統一が期待できる。そして、教員に時間的余裕が生まれ、空いた時間に研修をおこなうなど、指導力の研鑽に充てることができ、教員のスキル向上を図ることができる。
「アクティブラーニング」については、先に挙げたように、生徒が授業運営に参加することで、自ずと能動的に学ぶ環境が整備される。
 また、平常点による定性的評価、CAN‐DOリストも導入される。

i Lounge

i Loungeでリラックスしながら英語に親しむ生徒たち

そして、「モチベーションを上げる体験」。同校には、校内英語村として、英語のみで運営されるスペース〝iLOUNGE〟が設置された。その中では、お菓子なども食べることができ、リラックスしながら、英語に親しむことができるようになっている。
 また、〝多読ライブラリ〟を設置し、本棚には多数の洋書が置かれる。
さらに、教材の選定、作業型宿題の廃止、定期試験のフォーマットの統一、英語関係のイベントの誘致、英語コンテストなど、わずか数ヶ月で数えきれないほどの改革が実行されようとしている。
 まさしく「アクティブイングリッシュ」である。

山本校長

就任以来、次々と改革を実行に移す山本校長

改革はまだ序章に過ぎない

安河内氏は言う。「この学校で英語教育を変えられなかったらどこでもできない。不易である過去の伝統も大事ですが、それに固執していれば輝を失ってしまいます。私学としての魅力を発揮するためには、常に次代を見据え、進化することが不可欠です」
 また、山本校長は、「現在、授業時間は34時間体制ですが、来年からは7時間目を作り、その時間にキャリア教育や国際理解教育として、社会で活躍する女性を招いた授業等を行う予定です。しかし、まだ〝やります〟という段階です。本当に試されるのは、次年度。今、次年度に向けて様々な準備をしています」と語る。

開校当時の様子

1905年に大築佛郎氏によって開校された当時の様子

麴町学園女子中学校高等学校は、これまでよりもスピードを上げ、高みを目指した改革を進めている。そうした改革は、同校だけでなく、他校、さらには公教育全体の試金石となるのではないだろうか。
 ぜひ、新しい学校教育の旗手となってもらいたい。

■学校データ
学校法人 麹町学園
麹町学園女子中学校・高等学校
〒102-0083
東京都千代田区麹町3-8
http://www.kojimachi.ed.jp
TEL :03-3263-3011(代)
FAX :03-3265-8777
2017年1月12日(木)、21日(土)に入試説明会を実施

月刊私塾界3月号記事訂正のお知らせ

平素は弊社刊行の月刊私塾界をご購読いただき、誠にありがとうございます。
2016年3月1日発刊の月刊私塾界3月号、P.82〜P.83「白書界隈徘徊話」で訂正箇所が判明致しました。
本文中、表、グラフに表記されている「支払率」、「支払者」の表記はそれぞれ、「支出率」、「支出者」となります。
重ねて、お詫び申し上げます。
2016年4月1日発行の月刊私塾界4月号の本連載「白書界隈徘徊話」でも訂正をさせていただきます。

2016年3月1日 月刊私塾界編集部

月刊私塾界11月号記事訂正のお知らせ

平素は弊社刊行の月刊私塾界をご購読いただき、誠にありがとうございます。
2014年11月1日発刊の月刊私塾界で訂正箇所が反映されなかった箇所がありました。
関係者の方々、大変申し訳ございませんでした。
再発防止を誓い、訂正させていただきます。

訂正箇所
月刊私塾界2014年11月号(2014年11月1日発刊)
P.8 私の教育
森絵都さんプロフィール

誤)早稲田大学第二文学部社会人間系専修卒業

正)早稲田大学第二文学部文学言語系専修卒業

重ねて、お詫び申し上げます。

森 絵都 MORI Eto
1968年4月8日生まれ、東京都出身。早稲田大学第二文学部文学言語系専修卒業。
1990年に「リズム」でデビュー。「宇宙のみなしご」は、第33回野間文芸新人賞、第42回産経児童文学出版文化賞ニッポン放送賞。
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」で第20回路傍の石文学賞、「つきのふね」は第36回野間児童文芸賞受賞。
「カラフル」で第46回産経児童出版文化賞を受賞。「風に舞いあがるビニールシート」で第135回直木賞を受賞。
近著に「クラスメイツ」。集英社「小説すばる」にて塾を題材にした「みかづき」を連載中。

TOP LEADER Interview|中萬学院グループ 代表 中萬 隆信 氏

人間同士の真剣なぶつかり合いができる集団に。

sサブ1少子化が進む社会、変わりゆく教育環境の中で、塾はどう存続していけばいいのだろう。神奈川県で60年もの歴史を紡いできた『中萬学院グループ』の中萬隆信代表に、その答えを探るべく中長期ビジョンや取り組みなどをうかがった。

私立中高一貫校対策にも使命感を持って取り組む。

2014年は中萬学院グループとして60周年を迎えられます。どんな想いですか。

「60周年というのは、還暦にあたります。〝還る〞ということですから、私たちが『なぜ存続してこられたのか』、『なにが支持されてきたのか』を振り返って原点回帰はしますが、それに新しい時代のメッセージや提案をプラスして、進化していかなければいけないと思っています。

教育業界の環境は、明らかに変化しつつあります。グローバル人材を育成するための英語教育や、大学入試改革もそう。大学入試が改革されれば高校入試改革にもつながるでしょうし、そうすると小・中学生に必要な新たな提案もできます。少子化時代といって悲観的にならなくても、十分にビジネスチャンスはあると考えています」

公立中高一貫校の人気が拡大し、中学受験界にも変化が見られますが、どうお考えですか。

「確かに多くの私立中学にとっては厳しい時代になりましたね。景気がどうのと言うより、『ゆとり教育の見直し』『公立の進学校の復権』『公立中高一貫校の台頭』など、私学をとりまく環境は様変わりです。s建物外観

とりわけ、公立中高一貫校においては、今後も数年で新たな進学結果が出揃ってきます。多少の学校間差が顕在化しつつも、全体的には人気も高値安定となるでしょう。

しかし、一方で私は今後も私学に大いに期待しています。本来、中高一貫のカリキュラムの本家は私学です。大学入試も今後は学力に加え、人物重視の傾向が高まります。心ある私学にとっては大学入試や英語教育の新たな動きはむしろ望ましいことでしょう。例えば、神奈川を代表する進学校である聖光学院の新校舎では、一流のコンサートホールや体育館の充実など、『グローバル人材』の何たるか、そのメッセージを感じさせられます。英語だけではない、芸術も『世界共通語』ですし、健康・体力は全ての礎です。」

受験とは異なるプログラムでの塾づくり。

中萬学院グループの企業理念をお聞かせください。

「企業理念は変わらず〝CHUMAN流〞の通り。ただし、私たちが体験学習や合宿を行っているのは、必ずしも受験と切り離したプログラムを重視しているのではありません。塾の教室外の様々な学習機会の場創りによって、教科に対する、意欲・感心・興味を高めてもらいたいのです。水族館とのコラボなどは人気の高いプログラムとして定着してきました。sメイン

また私は、『花まる学習会』の高濱先生のファンの一人です。遊びをはじめ、子供の頃の様々な経験や他者とのふれあいは、その後の成長における強いメンタル作りに寄与すると信じています。先ほども述べたように、学力はもとより人物重視の傾向が高まるとすれば、それは『向上心』や『好奇心』・『探究心』といった生命力を裏付ける『心の強さ』が条件のひとつになるでしょうから。

もちろん塾である以上、学力・成績の向上が最優先課題です。だからこそ講師の授業の工夫や目の前の生徒への真剣な対応が全てです。その副産物として『僕(私)のためにこんなに考えてくれる人がいる』と、多少なりとも人間を肯定的に捉えてもらえたら何よりです。人間を否定的にみる大人が望ましいコミュニケーションを実現できるとは思えないからです。そのためにも私たち自身が高次元のコミュニケーション能力を持ち合わせ、より深い人間理解に努め、人間同士の真剣なぶつかり合いのできる集団でありたいものです。」

3〜5 年後の中期ビジョンについて、また取り組んでいることをお聞かせください。

「特段、目新しいことを考えているわけではありません。中学受験・高校受験・大学受験という3つの受験フィールドに、個別指導を加えた4つの事業部で中期的には展開し続けます。私たちの展開エリアは神奈川県の南西部に偏っていますから、中身の充実に努め、徐々に拡大していけばいいのです。個別のCGパーソナルは2教場東京にもありますが、成績向上の精度がより高まり次第、面展開する予定です。『成績向上の精度』、それは4つの事業部共通の課題であり、まだまだ深堀りすべき最大のテーマなのです。

但し、想定される大学受験の変化は、当然高校のみならず、小・中にも多大な影響を与えますし、英語学習の在り方などは、先行して準備を始めています。そのためのコンテンツやツールの開発も関連会社と協力しつつ進行しています。」

80周年あるいは100周年に向けての長期ビジョンはありますか。

「随分気の早い話ですね。今の塾という業態のままであるはずはないだろうとは思いますが。ただ、資源のない国の危機意識から、今後も教育産業は一定の市場規模を保ち続けるでしょう。

今後は当然、様々なデジタルツールやコンテンツが従来の教育サービスを変えていくでしょう。ただ人間って面白いもので、ハイテクになればなるほどハイタッチで最後は決まる。例えばうちの『東進衛星予備校』はどの教室も同じコンテンツを使用しているのに業績の差が激しい。結局は、そのコンテンツをどう活かすのか、教室長やスタッフの生徒へのアナログ対応力が浮上する。

もう一つの視点は、今後個人への教育サービスはより利便性を増していくとは思います。しかし一方で、この少子時代、集団的学習機会の意義は高まる面もあるでしょう。小中学生の場合、しっかりした指導者の直接的な学習空間と他者の存在意識は重要な要素だからです。」

大学受験指導事業部の井川隆成部長は、「東進が車メーカーだとしたら、我々はそのディーラー」とおっしゃっていましたが。

「そういう面もありますが。そこで言うディーラーとは車を売るのではなく車のある生活をサポートするディーラーであるべきですね。進学はその先の人生への手段です。車も望む生活のパートナー(道具)として、セダンかワゴンかスポーツカーなのかを選択する。肝心なのは、あくまでもディーラーはサポーターであり、強制的提案者であってはならないと思います。生徒が自ら真剣に将来を考え、『自分で決める』というプロセスを尊重しなくてはなりません。そのための資源と機会を充実させ、プロとして良きアドバイザーに徹することです。」

感動経験の多い人が、人に感動を与えることができる。

人材育成について力点をおいているところは、どんなところでしょう。

「スキルと人間力の向上と言っています。どんな職業でもスキル(技術)のない人は通用しない。例えば大工さんなら、釘をスピーディーに美しく打てる。それはもう我々素人とは比較にならない技術を有している。しかし私たちの業界ではただ『教える人』になるだけなら障壁は低い。だからその職掌において必要とされるコミュニケーション力や授業運営力や面談力、課題解決力はスキルとして身につけることを意識しないと怖いのです。

ここで言う人間力とは、講師を例にひとつの目標として『生徒の心に火をつける』力とでも言えばいいのでしょうか。『感動』が人を変える源であるなら、他者をスパークさせることのできる人物でありたい。そのためには講師自身がたくさんの感動体験を積み重ね、『感動のセンス』を高めておくことが大事ですね。広い意味で人としての勉強を続けることです。そう言えば子会社のエドベックは、来年から社内公用語を英語にします。だから私も英語の勉強を再始動しました。」

今年の新卒採用の状況はどうでしょう。

どこの塾でも人材採用には苦労されているようですが。「景気の回復は、ますます売り手市場になるでしょう。だからと言ってやみくもに採用を広げるわけにもいきません。この機会だからむしろ採用のあり方を見直しています。sサブ2

うちが大学新卒者を初めて採用したのは30年ほど前のことです。当時、私が教室長をしていた教場でアルバイトをしていた学生2人に声をかけたのです。うち一人は銀行に就職し、もう一人が入社してくれました。横浜国大の学生です。まだ売り上げが10億円もない頃ですし、社会的にも塾は就職先として認知されてもいませんでした。とても奇特な学生です。

しかし、その後の発展を支えてくれたのが彼を始めとした、それに続く勇気のある奇特な若者達です。うちは歴史が長いゆえ適度な安定期待を持たれることがありますが、ベンチャースピリットを大事にする風土を育て続け、『なにやら面白そうだから』と入社してくれる学生に、より一層積極的に活躍の場を提供できるよう努めたいと思います。」

『月刊私塾界』2014年3月号掲載

 

TOP LEADER Interview|成基コミュニティグループ 代表 佐々木 喜一 氏

「世界中の人々を幸せにする人財輩出機関 日本一」を目指して。メイン_1139

2012年に創業50年という大きな節目を越え、次なる50年へのスタートを切った『成基コミュニティグループ』。代表の佐々木喜一氏は、教育再生実行会議の委員にも選ばれた塾業界のリーダー的存在である。日本のため、ひいては世界のために、教育改革に手腕を振るう佐々木氏に、成基コミュニティグループとしての新たな取り組み、そして、これからの教育の在り方について伺った。

50年目の決意を「成基100年構想」に。

2012年10月の創業50周年記念式典にて発表された『成基100年構想』についてお聞かせください。

「成基コミュニティグループ(SCG)の中で最長の歴史を有する成基学園は1962年5月4日に創立し、2012年で50周年を迎えました。創立50年の企業の生存率というのは、民間の信用調査会社・帝国データバンクの『法人の経年生存率』によれば、わずか0・7%に過ぎません。1万社に換算すると70社しか生存していないことになります。さらに創立100年ともなれば0・03%と、たった3社しか残っていません。
SCGが100周年を迎えるためにはどうしたらいいか。というと、もう日本一を目指していくしかない。それなら、どんな日本一を目指したらいいだろう。それが『成基100年構想』の発端でした。
社員一人ひとりが、どんな分野で日本一を成し遂げたいのかを真剣に考え、結果、3427もの構想が結集。それを私たちのグランドミッションに照らし合わせて精査し、ゆるぎない目標として結晶化させたのが、10年後までに実現する9つの項目、30年後までに実現する2つの項目。そして、50年後の100周年までに『世界中の人々を幸せにする人財輩出機関 日本一』の実現なのです」

──グランドミッションというのは何でしょう。

「ピラミッド型の『価値基準の概念図』を見てください。その最上位に位置づけられる一つがグランドミッションです。SCGは何のために存在しているのか、といった時の依って立つところであり、道に迷ったりした時の戻るべきベース。いわゆる経営理念にあたるものですね。TOP LEADER_03_03

グランドミッションは、創立者佐々木雅一によって記された設立趣意書の理念を受け継ぎ、こう制定しています。『私たちの大いなるミッション(使命)は、地球・国家・地域レベルの様々な課題に対して「人づくり」という観点から問題解決を図ることである。そして、自立した人間として、仕事を通して人に喜びや感動を与えられる能力を高め、感性豊かな本物の人間になるため、自ら鍛え上げることである』と。

いま地球レベルの課題というと、地球温暖化などの環境問題、格差や貧困や紛争といった南北問題があります。これは私たちが直接解決できる問題ではありません。けれども、そういう課題を解決できる人をつくっていくことはできる。単に難関中学校に受かったとか、高い点数を取ったとか、それは子どもたちのゴールではない。世界のため、日本のため、地域のため、より多くの人のためになるような高い志を持って未来へ向かっていけるような子どもたちをサポートすることが私たちのミッションなんですね。
そのミッションに基づいて、顧客となる保護者様とバリューを共有し、『成基100年構想』といったビジョンを描き、それを達成するための方針を打ち立て、行動していく。全体を仕組み化して行動をデザインすることで、着実に向かうべき方向へと進むことができるのです」

社員一人ひとりにも、それぞれの使命がある。

──グランドミッションの他にもミッションはあるのですか。

「もう一つ、パーソナルミッションがあります。自分は何のために生き、何のために働いているのか。社員一人ひとりが深く探求して明確化した個人のミッションですね。
ふだん、私たちは自分の見える範囲、行動する範囲で物事を完結させようとして、地球の裏側で飢餓で苦しんでいる子どもがいようが、戦争をしていようが、自分は関係ないという発想になりがちです。『シンク・グローバル アクト・ローカル』という、グローバルな視点に立って身近なことから行動しようと考えた時、自分らしく命を燃やせるものは何なのか。それをワークショップを通して設定していきます。
パーソナルミッションができると、今までには到底得られなかったブレークスルー、言い換えると『奇跡』を生むことができる。逆に、ミッションが明確になることで、できていないことも明確になってブレークダウン、つまり落ち込んだりすることもある。それでもワークショップを終えたほとんどの社員は、すっきりしたと言ってくれるんですよ。
他人から、こうしなさいと言われてやったことは責任をとらなくなるけれど、自分の深いところから出てきたものに基づいて行動すれば、そうはなりません。何のために仕事をするのかというと、自分のミッションを達成するため。仕事は自分のミッションを達成するためのツールなんです。時には、SCGでは達成できないミッションになることもありますが、それはオッケーです。そのミッションに従って会社を辞めることになったとしても、『卒業』として温かく見送りたいと思います」規範意識の確立へ。大切なのは「7S」と「4J」。

──政府の教育再生実行会議に参加されて、どんな実感をお持ちですか。

「安倍首相と下村文科大臣が強力なリーダーシップを発揮し、いま政府は『教育再生』を急ピッチで進めようとしています。その最も重要なキーワードとして掲げられているのは『グローバル人材』、そして『世界に誇れる学力の育成と規範意識の確立』です。
2009年に(財)日本青少年研究所がまとめた『中学生・高校生の生活と意識報告書』の中に、とても興味深い調査結果があります。『自分はダメな人間だと思いますか?』という質問には、日本の中学生は56%、高校生にいたっては65・8%と、アメリカ・中国・韓国にくらべかなり高い割合で、ダメだと思っているのです。また、世界の中学生を対象としたOECD等の調査によると、日本・アメリカ・中国・韓国・EUの中学生に『親や先生を尊敬していますか?』と質問したところ、アメリカ・中国・韓国・EUでは80%以上が『尊敬している』と答えたのに対して、日本の中学生はわずか20・7%にとどまっています。成基の生徒に同様の調査をおこなったところ、アメリカ・中国・韓国・EUの中学生より高い88・2%でした。日本の教育が抱える問題の根源は、この低い規範意識にあるのだと思います」

──規範意識を確立するために取り組まれていることはありますか。

「規範意識は一朝一夕に確立するものではありません。SCGには創立以来、塾に入る前には門標会釈、授業がはじまる前には合掌・黙想といった作法を通して頑張る気持ちや、勉強ができる環境や家族への感謝の気持ちを心に刻んできました。『成基の7S』と呼ぶ、整理・整頓・清掃・清潔・仕組み・しつらえ・躾の徹底もその一環です。
さらに、『自分はダメな人間なんかじゃない』という自己肯定感、『自分は尊ばれるに値する』という自尊心、『これだけのことをやった』という自負心、『やればできる』という自信。この『4J』を人格の基として、日々の授業の中での小さな成功体験を通じてしっかり形成しています。成基は、まさにお子さまの『成功基地』なのです」

未来の日本代表を育む「アップ・ジャパン・プロジェクト」。

──グローバル人財の育成、これからの教育についての改革や取り組みをお聞かせください。

「今の子どもたちには志がない。先生自身に志がないから、子どもたちが持つわけがないのですが、『志教育』こそ一番大事なことだと私は思います。志は夢とは違います。例えば、〝フェラーリに乗りたい〞というのは夢であって、志ではありません。ベクトルが自分のために向かうのではなく、世のため人のためになったときにはじめて志になるのです。それをイメージ化したものが、2020年をターゲットにした『アップ・ジャパン・プロジェクト』です。『君は日本の代表なんだ。』をキャッチコピーに、自分は何の分野で日本代表を目指すのか、志のフラッグを掲げようという発想です。何も英会話ができることだけがグローバル人財じゃない。日本の伝統文化やサブカルチャーを伝えることも、あいさつがしっかりできることもグローバル人財には必要な要素。それぞれに異なる分野で突き抜けていく、子どもたち一人ひとりが主役なのです」

──民間教育と公教育との連携という部分についてはどうお考えですか。

「日本のためになるということは、究極は世界のためになることだから、公教育では動ききれない部分はサポートしていこうと思っています。そのコアとなるのが語学。国は小学5、6年生の英語授業を週3回に増やすと言っていますが、週3回の授業ではネイティブな語学力は到底身につかないでしょうし、しかもそれは2020年からの話。公教育では北海道から沖縄までレベルを押し並べなくてはいけませんから、まずは教師の育成のために7年間の猶予があるわけですね。今年の小6年生から大学入試はTOEFL等になるというのに、7年後からのスタートでは受験に備えられません。そういう時こそ、私たちの出番。そこに新しい私教育のビジネスがあります」

月刊私塾界2014年2月号掲載

 

TOP LEADER Interview|株式会社ナガセ 永瀬昭幸社長

去る5月16日、東進衛星予備校全国大会の「第20回記念大会」にて新たな決意を表明された、永瀬昭幸社長に、東進衛星予備校をはじめ、東進ハイスクール、四谷大塚、東進こども英語塾、イトマンスイミングスクールなど、さまざまな角度から教育に専念してきた観点から、さらに深く話を伺った。

独立自尊の社会・世界に貢献する人財を育成する
株式会社ナガセ 永瀬 昭幸社長

自ら求め自ら考え 自ら判断・実行する 生徒を育てる

株式会社ナガセ・永瀬昭幸社長

―――ナガセグループ全体の教育目標=企業目標である「独立自尊の社会・世界に貢献する人財を育成する」 具体的にはどんな取り組みをされているのですか。

「わたしたちは、『独立自尊の社会・世界に貢献する人財を育成する』ことを教育目標としておりますが、独立自尊とは、自らの人生について信念を持ち、プライドにかけて決めたことを完遂することであると考えています。具体的な生徒指導では、まず生徒自身が、何をどのように勉強するのか自分の頭で考え、計画を立てる。もちろん、我々は生徒が考えたり計画するための材料はたっぷり与えますし、いつまでにそれをやるのか締切を決めて、ちゃんとやるように励ます。生徒の考えや計画が正しかったかどうかは、模擬試験の成績などから、生徒が自分で考えて、問題があれば計画を変更します。そうして自分の責任で、自ら求めるという職場をつくることで、独立自尊の精神が育まれるわけです」

―――”心の教育”に取り組まれて5年目になります。

「これまで長く教育に携わってきてわかってきたのですが、「受験に王道はない」という言葉の通り、志望校に合格しようと思ったら、徹底的に努力をするしかない。だからといって、誰かに強制されて勉強をしても学習効果は低く、目の前の受験に勝てたとしても将来につながりません。一方、自ら求め、自ら考えて勉強すれば取り組みの成果は飛躍的に高まります。自ら求め、自ら考え、自ら判断・実行する生徒を育てるためには、生徒の心をしっかりと鍛えていく必要があると考え、そういう方向でやってきたことが、ここまで成長できた要因だろうと考えています。

先日、雑誌で東大合格者のインタビュー記事を見ましたが、東進出身の生徒は皆、しっかりと未来を見据えて、自らの志や夢を語っていました。あれには私も嬉しくなりました。夢は、努力をするための原動力だと思います。しっかりとした心が備わっていれば努力を継続できるし、私たちの取り組んでいる”心の教育”は、感度のいい子ほど影響を受けていきますから、まずは感度の良い生徒を自ら求める状態に変えていく。そのうえでだんだん”心の教育”が多くの生徒に浸透していけばいいなと思っています」

応用力を身に付け、予習と復習のバランスのとれた学習指導を

四谷大塚の新「予習シリーズ」

四谷大塚の新「予習シリーズ」

―――四谷大塚の予習シリーズが今年改訂されました。大きなポイントとしてどんなことがあげられるでしょう。

「生徒に大きな夢、高い志を持たせ、自ら求める心、自ら考えて勉強に取り組む習慣を身につけさせるには、高校3年間だけでは不十分で、小学校の頃から取り組む必要があると考えています。たとえば、私は、人に教わったことだけを復習して、解答のパターンを丸暗記するだけでは、将来自らの頭で考えて社会で活躍できる人間にはならないだろうと思う。それだけではなく、自分で一生懸命予習して、自分の頭で考えて問題を解いていくという訓練も大切だと思います。もちろん、成績がよくなかった単元の欠点を是正する必要もありますから、予習至上主義でも、復習至上主義でもよくないと考えています。今回の予習シリーズ改訂は、どちらもバランスよくやって、しっかりわかった上で次の単元に入っていくといったカルチャーに切り替えようという試みなんですね。

まず、その5年生の3月までに受験の課程を全部修了させる。そして、6年生の1年間をかけて、それに対する応用力をつけながら志望校対策をしっかりする。基本的には”スモールステップ・パーフェクトマスター”の考え方です。自分にぴったりのレベルからステップアップし、習ったことを確実にマスターする。けれども、勉強というのは面白いもので、はじめて学んだときは多少わからなくても、先の段階へ行って振り返ってみると、こういうことだったのかと理解することもけっこう多い。広い立場からものを見てみると、かえってわかりやすいこともありますから、基礎基本を徹底的に身につけながらも、応用力の高いことも一緒にやっていきます。同時に、毎週行う〝週テスト〞で、授業で学んだ内容を復習する。この取り組みは、どんどん底力が付いてくると思いますよ」

日本の将来のために、世界で活躍できる人財を育成

―――文科省を中心に教育再生実行会議が立ち上がり、入試制度などでの大学改革も進んでいくかと思います。そうなると教育の仕方も大きく変わっていくのではないでしょうか。

「まず大切なことは、”このような人間を育てるんだ”という大きなビジョンを描くことだと思います。そのうえで制度の変化に対しては、積極的に手を打っていきたいと思います。こども英語塾ではすでに、小学生の段階から他の教科も 全部英語で教えることもしています。英語は、一つの科目として学ぶだけではなく、数学や理科や社会も英語で学ぶことで、本当に使える英語になっていくと思っています。

東進USAオンライン講座にしても、時差による弊害を取り払った仕組みを作り上げましたので、全国の塾のみなさんにも提供させていただきたいと思っています。「何を使って英会話を勉強するか」と考えるとき、金額が安いかどうかで決めるのは、私は邪道だと思う んです。言葉というのはカルチャーですから、アメリカのカルチャーを学びたいのであれば、アメリカのネイティブと話をすべき。旅 行で話が通じるということだけで満足されるのであればそれでけっこうですが、ビジネスでは一切通用しませんから。ビジネスで、億 単位のお金を動かすような仕事をするつもりなら、アメリカのカルチャーと密接に関わらないと無理だと思います。

日本の将来を考えると、世界で活躍できるような人財を育成していかないと、もうこの国は立ち行かない。だから、そうした教育を、公立学校がやるのか、大学がやるのか、民間教育者がやるのか、などという議論は不要だと思います。どんな人財を育てていくのか、しっかりとした目標を掲げ、それを教育に携わる全ての人間だけでなく、実業界も巻き込んで、日本全体で取り組んでいく。その中でしっかりとした人財を育成できるところが、日本国民が頼りとする教育機関になっていくのだと思います。私は、全国の塾の先生方と協力しながら、何としてもこの大仕事をやり遂げたいと思っています」

すべて無料で受けられる小・中・高の全国統一テスト

すべて無料で受けられる小・中・高の全国統一テスト

日本の将来を担う、リーダーを育成する

―――6月2日に、小学1年生から6年生の全学年対象の全国統一小学生テストがありましたが、こちらの反応はいかがでしたか。

「全国統一小学生テストは、受験者数は毎回10万人を突破しています。また、今年から全国統一中学生テストもスタートし、今回は11 月4日(月)に実施します。これで、全国統一高校生テストと合わせて、小中高の全国統一テストが揃うことになります。

全国のたくさんの塾の先生方に趣旨に賛同いただき参加をしていただいており ます。全国の才能ある生徒 諸君を発掘し、年月をかけて育てていく。日本の将来を担う人財を発掘・育成することにつながる取り組みであると確信していますので、これからも一生懸命取り組んでいきます」

―――今後の目標はなんでしょう。

「今年度、東大現役合格者は600名になり、現役合格者の3・3人に1人が東進生です。難関大学を中心に、東進生の占めるシェアが高まってきました。将来の日本を引っぱっていくような、たくさんのリーダー候補生をお預かりしているのですから、日本の未来を明るいものにするために、教育に携わる人間の役割、責任は極めて大きいと考えています。

東進ハイスクール、東大現役合格600名達成のポスター

東大現役合格600名達成のポスター

国力とは、国民一人ひとりの人間力の総和です。私は、生徒の人間力を高めることで、日本の将来を拓いていくことが、教育機関としての使命であると考えています。

私どもだけではできないことであっても、日本全国の先生方と力を合わせれば、日本全体を巻き込んだ教育運動を起こすことができると確信しています。全国のたくさんの先生方に支えられ、毎年開催している東進衛星予備校全国大会も今年で20回の節目を迎えることができました。これからも、先生方にご指導頂きながら、お預かりした生徒全員を伸ばすシステムを作りあげられるよう一生懸命頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」

『月刊私塾界』2013年8月号掲載

疾風の如く|進学塾ブレスト(佐賀県)代表取締役社長 犬走智英さん

ブレスト犬走智英さん
剣道があった。音楽があった。
歴史があった。
親友が、悪友が、愛する人がいた。
それらすべてが、
彼の信念を創り上げている。
栄光も挫折も経験し、
夢と希望を乗せたバイクが西へと走る。

 

 

答えはシンプル、「勉強はスポーツだ!」

「オレは建築家になる。お前はどうするんだ」

「さよなら、東京」―。6年前の1月、犬走智英(当時24)は恋人を背中に、箱根峠をひたすら西へ、西へ。二人を乗せたバイクが目指すは、犬走の故郷・佐賀だ。寒風の中、体は冷え切っていたが、心は夢と希望で熱く燃えたぎっていた。

さらに遡ること、幼少期。犬走は、あるガキ大将と仲良くなった。偶然にも、二人とも剣道少年。「コイツには負けねー!」とライバル心に燃えて練習を重ね、佐賀県武雄市の大会では優勝も飾った。

人としての礼儀。競い合い、高め合う喜び。剣道は、塾人・犬走としての原点を叩きこんでくれた存在だ。

中学では定期テスト学年1位だったが、転機が訪れたのは高校時代。地元の進学校へ進んでからだ。「井の中の蛙」という言葉の意味を思い知らされ、あっという間にドロップアウト。髪を染め、悪友に借りたバイクを乗り回すようになる。

ただ、素行は荒れていたが、同時に「なぜオレはこうなった」「教育って何なんだ」という想いも常に抱いていた。仲間とたむろしては、将来を語り合う。「オレは建築士を目指すぞ。犬走、お前の夢は何だ?」とガキ大将。「そうだな、オレは……教育の道に進みたい」。

 

抑鬱状態。どん底を味わう

洗練された外観が目を惹く教室。手がけたのは、旧来の親友だ

洗練された外観が目を惹く教室。手がけたのは、旧来の親友だ

田舎町の不良少年たちにとって、東京は憧れの街だ。そこに行けば、何でも叶う気がするビッグタウン。犬走にとってもそうだった。なんとか合格を勝ち取るための効率的なトレーニングをし明治大学へ進むが、「デカいことをやりたい」という気持ちと、反逆精神は持ち続けていた。自分の感情を昇華するため、社会の矛盾を痛烈に批判するHip-Hopの音楽制作にハマり、Lyric(歌詞)をノートに書き綴った。恋人と出会ったのもこの頃だ。そして、当時の音楽仲間と制作した楽曲は、スノーボードDVDのBGMとして採用され、コンピレーションアルバムが全国のスポーツショップでも販売された。

その後は大手進学塾に入社し、そこで頭角を現す。社長の信任も厚く、起業家マインドの薫陶も受けた。やりがいを感じ、昼夜を問わず働いていたが、好事魔多し。自らを追い込みすぎ、心と体が蝕まれていく。「オレがやらなきゃ」という義務感だけが自分を動かしていたのだ。胃痛だと思って診察を受けた結果は「抑鬱状態」、即ドクターストップ。休職に追い込まれ、虚無な日々が過ぎて行った。

さよなら、東京

ある日、見かねた恋人は「カフェでも行ってノンビリしたら?」と勧めてくれた。ココアをすすりながら「教育とは」という想いが頭をかすめていく。「オレをはじめ、田舎で育った人の多くは『競争』を楽しむことを知らない。そんな育ち方をして、厳しい実社会に放り込まれたらどうなる。オレみたいに壊れちまうんじゃないのか」。「練習して、できるようになる、ライバルに勝てる、そうすれば嬉しい。実にシンプルじゃないか。勉強も仕事もスポーツと一緒だ」。「自分の塾を創りたい。そうだな、名前は何にしよう?」……かつて綴ったLyricノートをパラパラめくり、見つけた言葉がこれだ。『BRAIN STORMING』―「いいな、これ。『ブレスト』か。批判せず、アイデアを出し合う塾。『自分がやらねば』に固執していたオレにピッタリだ。バランスを大切にし、もっと頭を柔らかく、いろんな人にアドバイスをもらいながら、愛される塾。スポーツのように勉強に取り組む塾。競争を楽しめて、実社会を強く生きる子どもを育てる塾。オレはそれを創りたい」。

社長に最後の挨拶をすると、力強い握手で送り出してくれた。恋人に佐賀へ帰る決意を伝えると、涙を浮かべこう言った。「私の夢は、あなたの夢を支えること」。もう迷うことは何もない。二人はバイクにまたがり、佐賀へとエンジンをうならせる。

ブレストの生徒タチ

礼儀と競争の楽しさを教え込む。子どもたちも塾が大好きで仕方ないと言う

もちろん、犬走は当時想像できなかったはずだ。やがてその塾は、人口わずか9000人の小さな町で、100名ほどの生徒が通うナンバーワン塾となることも。かつて夢を語り合ったガキ大将は一級建築士となり、新しい教室を設計してくれることも。恋人は妻となり、愛する子が生まれることも。「さよなら、東京オレはオマエに負けねェーからなー!」―。バイクはいま、関門海峡を越えた。光が見えた気がした。(敬称略)

 

プロフィール

犬走智英 TOMOHIDE INUBASHIRI

ブレスト犬走智英さんプロフィール

1982年、佐賀県出身。生徒の約5割が学年10位以内という地域きっての定員制進学塾・ブレストを運営。剣道や挫折の経験を通じて学んだ「勉強はスポーツだ!」をスローガンにし、また「競争を楽しみ、実社会で折れない子どもを育てる」ことをミッションに掲げている。授業はライブに加え、映像やITを駆使して運営。武雄市の公立中に英語の外部講師として招かれるなど、教育者としての評価も高い。
●WEBサイト
http://www.buresuto.com/
●ブログ「地域NO.1 進学塾ブレストブログ」
http://ameblo.jp/inu-the-husky0802/

『月刊私塾界』2013年8月号掲載