山口県教育委員会は4月20日、今春の公立高校入試の得点状況を発表した。全5教科(各50点満点)の平均点は147・7点(前年度比15・7点増)で、過去10年で最も高かった。一方、2013年度から一部の学校で導入した学校指定教科検査3教科(各20点満点)では、平均点が28・1点(前年度比2・7点減)で、5、6割とした目標を下回った。入試は3月10日にあり、全日制51校6分校と定時制13校1分校で7834人が受験した。学校指定教科検査は19校で3609人が全教科を受験した。
2015年の首都圏中学入試を総括するため、私立中高や学習塾をはじめ教育関連企業など約250名が参加する「第54回 火曜倶楽部セミナー」(幹事=後藤卓也氏(啓明舎)、富永光太郎氏(リヴィジョン)、小嶋隆氏(日能研関東)が、3月11日、東京ドームホテル(東京・水道橋)で開催された。
第1部では、「2015年中学入試総括」と題し、後藤卓也氏(啓明舎・塾長)による司会進行のもと、広野雅明氏(サピックス小学部教育事業本部本部長)、北一成氏(首都圏中学模試センター取締役教務情報部長)、市川理香氏(日能研関東中学情報部マネージャー)、岩崎隆義氏(四谷大塚情報本部本部長代行)の4名が登壇し、2015年の中学入試についての総括、分析結果が報告された。
2015年の中学入試の受験者数は、微増、微減、横ばいと意見が別れる結果に。その一方で、今回の中学入試は、サンデーショックの年だったが、これまでのサンデーショックの年と比べると「実際はあまり影響がなかった」というのが総意だった。
その中で特に印象深かったのは、「学校選びの『多様化』が進んでいる」という意見が、全員の口から聞かれたことだ。つまり、伝統や偏差値ではない評価軸で、学校を選ぶ保護者や子どもたちが増えているというのだ。特に、今回受験した子どもたちは、2020年の入試改革の年に大学を受験することになるため、それに向けて学校がどのように取り組んでいこうとしているのかが一つの鍵を握っていたようだ。例えば、充実した英語教育やアクティブラーニングの導入など、先進的な取り組みをおこない、それをうまくアピールできた学校には志望者が増加したという意見が多く出た。
さらに、学校説明会のときに在校生から学校の雰囲気が伝えられていた学校や、合格証書を子どもたち一人ひとりに、校長がメッセージを添えて手渡すといった、学校の本質的なところを見る保護者や子どもが増えたという意見も聞かれた。
「今回の入試は、数年ぶりの転換点になるのではないか」と北氏が語るように、中学入試が新たなステージに入ったことをうかがわせ、学校関係者にとっても、示唆に富んだ実のあるセミナーとなった。
西大和学園中学・高等学校の創設者である田野瀬良太郎氏が『田舎の無名高校から東大、京大にバンバン合格した話―西大和学園の奇跡』を上梓した。今となっては、東京大学や京都大学をはじめ、国公立医学部へ多数の合格者を輩出し、開成中・高や灘中・高に続く全国屈指の進学校としても知られる西大和学園中・高。しかし、1986年の開校当初は、中堅公立高校のすべり止め、ごく平凡な田舎の私立高校だった西大和学園。教室から机が放り投げられ、他校とのケンカが絶えない日々も続いた。
もちろん生徒も、大学進学などまったく考えてもいない。教師もまた公立校の教員採用試験に不合格だったものばかり。そんな中、「日本一の進学校」を目指し、創設者の田野瀬氏と荒削りな教師達が立ち上がる。ひとつの学校がみるみる生まれ変わっていく奮闘記としても面白く読める。
「琵琶湖の場所も知らない」生徒が、関関同立に現役で合格。引きこもりの生徒が東大理一へ。そこから、わずか数年で驚異的な進学率を誇るようになり、あっという間にで奈良県トップの進学校へと駆け上がった。西大和学園ではどんな教育が行われ、どうやって全国有数の進学校になったのか。0時間目、泊まり込み補講、夏季休暇3日、正月特訓など、一部ネット上では「受験少年院」と言われたほどの“体育会系”スパルタ受験の実態とは?
そこには、資金0から学園を立ち上げ、教師と生徒たちに夢を語り続けた、田野瀬氏の教育への熱い思いが込められていた。理想の学校経営、学校再生のすべてが詰まった熱き教育書。昨年4月には、大阪市に大和大学も開校し、グループ全体としても日本の教育に大きく貢献する西大和学園の誕生から30年の歴史が紐解かれる。